安保法(戦争法)下の自衛隊で何が?

[弁護士  吉田 恒俊]

今回は、あるジャーナリストが収集した生情報をお伝えします。

全国の自衛隊では、いま米軍と同じ服装で、同じ武器を持ち、同じ軍事訓練がされているそうです。その結果、自衛隊の中の雰囲気は大変悪く、松島基地でも自殺、いじめ、鬱等神経の異常、強姦事件、更に殺人まで起きているそうです(極秘扱いになっています)。

さらに、航空自衛隊基地でファントムの整備士をしている方の話によると、今基地も雰囲気は非常に悪く、リストカットをする隊員も大勢いる、それに加えて家族への影響は大変なものがある。子どもたちの不登校、引きこもり、いじめ、鬱、家庭内暴力、家庭崩壊など、隊員の周りの人達への影響も計り知れないものだそうです。
こういうことが安保法の陰で進んでいるのです。

その中でも、安倍総理は、戦争をする自衛隊をめざして、本気で憲法特に9条の改正を進めているのです。自衛隊基地で起きていることは、遠からず大きな社会不安を起こすでしょう。

私の知人で、息子さんが自衛隊員で、いじめに遭って怪我をして、実家に逃げ帰ってきた人がいました。両親の抗議で警務隊(戦前の憲兵に当たる)が出てきて、調査をしましたが、予想通り有利な結果にならず、結局除隊することになりました。しかし、出動命令はないので脱走(脱柵というそうです)扱いにならないとしても、傷病扱いにならなければ懲戒処分がありうるので、正式の除隊までなかなか大変でした。

自衛隊は見え見えとして、日本の制度全般をアメリカナイズさせる企てが陰に陽に粘り強く進められています。司法制度も同様に例外ではありません。このことをしっかり認識して、抵抗する必要があると思います。

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「家族農業年+10」(国連決議)

[ 弁護士 吉 田 恒 俊 ]

・私はこの40年間、家庭菜園をしています。もっぱら無農薬と有機肥料の野菜を食べたいという思いからです。最近25年間は自宅の隣の100坪の畑に食卓に上るものを中心に作っていますが、10分の1もまかなえていません。不足分はどうしても店で買う必要があります。

・市場に出ている野菜類も、最近は農薬や食品添加物への関心が高まって、一時とは違ってずいぶん改善されたと思います。とくに、私の知る良心的な農家は自身が食べる野菜を含め、売り物の野菜にもなるべく農薬を使わないように気を付けています。しかし、市場に出回る大規模農家の作る野菜類は、輸入品とともに、どんな農薬が使われているか油断できません。

・野菜類は地産地消であるべきで、市場原理に任せる大規模栽培はふさわしくありません。小規模・家族経営で顔の見える生産者の作るものならまだ安心できます。しかし、私は、家族経営農業で野菜を購入するなど夢のようですが、不可能と思っていました。ところが、世界的には、既に2014年を国際家族農業年として、小規模・家族農業の役割が見直され、支援に乗り出すための国際的な啓発活動が展開されたそうです。

その成果を踏まえて、昨年12月国連総会で、2019年から2028年までを国際的に家族農業の10年間(「家族農業年+10」)とすることが決議されたのです。日本も共同提案国だそうで歓迎したいのですが、素直に喜べません。政府は、現在さらなる農業経営の規模拡大や企業の農業参入、輸出戦略の強化を進めており、家族農業と矛盾するこのような路線を改めてもらわねばなりません。

・現在、世界約60か国にキャンペーンのサポーター組織があります。我が国でも、昨年6月、2014年以来運動を進めてきた関根佳恵(愛知学院大学) さんらが呼びかけ人となって「小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン」が結成され、12月には都内で設立発表会が開催されました。私は、早速賛同者となりました。これからどんな運動が展開されるか楽しみです。

あっという間に

[ 弁護士 吉田 恒俊 ]

あっという間に松の内も過ぎました。しかし、松の内と言う言葉を聞かなくなりましたね。本来松の内とは玄関前に門松が飾られている期間のことで、慣習的に関東では1月7日まで、関西では1月15日までとなっています。だから、今でも15日頃までは、今年初めて会う人には「新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。」と互いに挨拶を交わすことが多いようです。

最近は門松はもちろん玄関の注連飾りもしない家庭が多くなって、松の内という言葉が忘れられるのも仕方がないかもしれませんが、寂しい気もします。年の功か、私などは15日が過ぎると正月気分を捨てて今年も頑張るぞという気持ちが沸き上がってくるから不思議です。

正月気分が抜けたところで今年の課題ですが、政治の動き、社会の動き、仕事のこと、家族と自分のことなど、しっかり認識して生きていきたいものです。

政治では安倍首相の任期が続くかどうか。これは国民の人気と関係が深いです。社会では冬季オリンピック・パラリンピックが順調にいくかどうか、そして核兵器禁止条約の国際的広がりと日本政府の対応が重要でしょう。

私の仕事では事務所の移転があります。今の事務所が建て替えのために出ることが決まっています。家族と自分のことでは平凡ですが健康の維持となります。思慮深く、思いやりを忘れず、天から与えられたこの命を大事にしたいと思います。

アベノミクスが崩壊して円の暴落と物価の急騰という大混乱が来ないことを願っています。そうなれば今年の課題など吹っ飛んでしまいますから。

 

大人の階段

[弁護士 山下 悠太]

最近、高校時代の友人と会う機会がありました。彼は大のヒップホップ好きで、学生時代はドレッドヘアーに上下ダボダボの服、という完全なB-BOYファッションだったのですが、その日京都駅に現れた彼は、なんと!ポロシャツにチノパン、ジャケットという出で立ちだったのです!曰く、「最近はこんな感じにしていこうと思って。」とのこと。

彼は高校時代は学年1、2を争う落ちこぼれで、どんなに留年の危機が迫っても決して午前中に登校することはなく、また決して授業中に目覚めていることもありませんでした。ロースクールに進学後も決して勉学に打ち込むことはなく、彼は私にとって最後の砦であり、大変心強く思っていたものです。

ところが彼も30を過ぎ公務員となり父となり、さすがにB-BOYという訳にもいかなくなったのでしょう。爽やかな出で立ちで、「今度の土曜は息子の100日健診やから。」などと言い出すのです。

思い出はいつも綺麗だけど、前に進まなくてはいけません。ということで、私も最近、服の断捨離をしています。断捨離した(しつつある)服をいくつか紹介したいと思います。

① ノースリーブのデニムのライダースジャケット(ダメージ加工あり)
大学時代に原宿で購入しました。さすがに着れないので従兄弟に送ろうと思います。

② トルネードマートの花柄シャツ
大学時代に渋谷で購入しました。当時花柄シャツが流行っていたこともあり、我が家には花柄シャツばかりが大量にあります。従兄弟に送ろうと思います。

③ ゴルチエの足首まである黒いロングコート
大学時代に尊敬する先輩からいただきました。90年代のビジュアル系バンドが着ていたようなコートですが、さすがに着れないので古着屋に売りました。3000円でした。無断で売ってすみません。

④ 真っ白なヘビ柄でブーツカットのズボン
大学時代に渋谷で購入しました。当時ブーツカットが流行っていたこともあり、我が家にはブーツカットパンツばかりが大量にあります。従兄弟に送ろうと思います。

⑤ 黒い革パーカー(コウモリのマーク付き)
大学時代に原宿で購入しました。従兄弟に(以下略)。

こんなものばかり送りつけて、さすがに従兄弟もキレかねないので、いくつかは普通に使えるアイテムも混ぜておくのがコツだな、と思っています。
クローゼットを整理して、大人スタイルを目指して行く所存です。

秋祭り

[長畑 学]

田舎の祭りに帰って来ました。見物にというより、要員としてです。両親ともに亡くなり、実家には誰も住んでいないので、知らない顔をしていてもよいと思うのですが、「帰る、どうする」と電話がかかってきた上、家もそのままあり、お世話になることもあるし・・・。そんなこんなで田舎との縁を切れぬまま、部落務めの真似事をしに帰りました。

神社は、元々氏子が6つの小字からなる小さなものです。それでも私が子供の頃は、各字が輪番で(要員の)当番を務め、祭りの中心である獅子舞の奉納は、青年団が務めていました。加えてあまり記憶がないのですが土俵もあったように思います。

今は、超高齢化と超過疎化で小字単位で当番を行うなど到底無理。それで、氏子全員が神社の清掃から始まる準備・運営を行っています。獅子舞は保存会が結成され何とか継承されています。祭り囃子の太鼓を担当するのは、父と同級生の90歳を目前に控えた方。笛はラジカセ頼りです。

いつ、絶えてもおかしくないようなお祭りですが、今年は、ちょっと嬉しい場面がありました。これまで、長年、獅子頭を務めてきた方に代わって、その息子さんが後を継いだこと(81歳から53歳へのバトンタッチ)。また、保存会メンバー9人の内、3人は移住者で、1人は定年退職組ですが、後の2人は30代とのこと。1人は今年8月に移住してきたばかりだそうですが、立派に獅子の後ろ足を務めていました。

私自身、後何年お務めできるかわかりませんが、できる限りやろうか。そんな思いでいるこの頃です。

(追伸)
田舎が氏子の神社はもう一つあります。こちらは旧村全体をエリアとする神社で、上記神社の本社のようなものです。
こちらの祭礼は、「梶並神社」でネット検索してもらえば、ヒットします。ちょっと変わった祭りです。

2017年10月23日
長畑 学

総選挙で安倍政治を終わらせよう

[弁護士 佐藤 真理]

安倍内閣は、本年6月、「森友学園」「加計学園」問題での安倍政権による国有財産や国政の「私物化」疑惑に対する野党の追及を避けるために通常国会を早々と閉幕しました。

野党4党が6月22日、憲法53条に基づいて、臨時国会の開催を要求したところ、安倍政権はまともな理由も示せず、拒否し続けました。憲法53条には、「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣はその召集を決定しなければならない。」と明記されています。期限の明記はありませんが、「すみやかに召集」する義務があることは明らかです。(ちなみに、自民党の2012年改憲草案には、「要求があった日から20日以内に臨時国会が召集されなければならない。」とあります。)

野党の要求から3ヶ月余りも遅れて、臨時国会が9月28日にようやく召集されることが決まりましたが、突然、安倍首相は、臨時国会の冒頭で衆議院を解散し、10月下旬に総選挙を実施する公算が確定と報道されています。
民進党から離脱者が相次ぐなど混乱しており、立憲野党4党(民進・共産・社民・自由)の本格的な共闘態勢が整っていないとみて、森友・加計学園問題での野党の追及を受ける前に解散に踏み切ろうというのです。
「国会で追及されるのを逃げる自己保身解散」(前原民進党代表)であり、党利党略のご都合主義解散といわなければなりません。
しかし、解散権行使のご都合主義批判よりも、ついに主権者国民が安倍暴走政治「ストップ」の明確な審判を下す時が到来したと歓迎すべきではないでしょうか。

安倍内閣は、この3年間、国民の批判の声を無視して、特定秘密保護法(2013年)、戦争法(2015年)、そして今回の共謀罪法と、強行採決を繰り返してきました。
7月2日の東京都議選挙で自民党は歴史的な敗北を喫し、安倍首相は「スケジュールありきではない」と改憲日程について「軌道修正」的発言もしましたが、任期中の改憲(それも「9条」改憲)を目指すとの方針に変更はありません。

憲法施行70年の5月3日、安倍首相は、憲法9条の1項、2項はそのまま残し、新たに自衛隊の存在を憲法に明記する憲法「改正」を東京五輪開催年の2020年に施行することを目指すと公言しました。
「9条加憲案」は、国民の多くが支持している自衛隊の存在を憲法に明記することで、違憲の疑いを晴らし、いざという場合に命がけで働く自衛隊員の士気を高めるために必要で、自衛隊の役割に何ら変更を加えるものではないとの説明がしきりにされています。

しかし、重要なことは、自衛隊は、かつての「個別的自衛権の行使のみを認める」(1972年政府見解)の自衛隊=「専守防衛」の自衛隊ではなくなっているということです。今日の自衛隊は、7・1閣議決定(2014年)に基づいて制定された「戦争法制」で容認された存立危機事態での集団的自衛権の行使や戦闘地域での米軍等への弾薬輸送を含む兵站活動等を担う自衛隊です。
9条加憲案は、戦争並びに武力の行使及び威嚇を禁止し、一切の戦力の保持と交戦権を否認した9条1項、2項と激しく矛盾し、9条1項、2項の空文化を招くことは明らかです。

安倍首相は、祖父岸信介が果たせなかった憲法「改正」を実現した首相として歴史に名を残したい、日本を再び「戦争する国」、軍事「大国」にしたいとの異常な執念に取り憑かれています。
自公と維新は衆参両院で3分の2以上の議席を保有していますが、今度の総選挙で、昨年夏の参議院選挙以上に、立憲野党の選挙協力ができると、与党は議席を減らし、衆議院3分の2を大きく割り込むことは必至です。安倍改憲を許すか否か、財界大企業に奉仕し、国民の暮らしを蔑ろにする安倍政治を転換する道に踏み出せるのか、重大な岐路に立っています。

安倍改憲阻止、野党連合政権樹立のために微力を尽くす決意です。
今月8日に発足した「安倍9条改憲NO!全国市民アクション」が提唱する3000万署名にも、是非、ご協力下さい。
2017年9月19日

カテゴリー: sato

孫達との夏休み

[ 弁護士吉田恒俊 ]

 静岡に住んでいる専業主婦の娘は夏休みにはいつも3人の孫を連れて帰ってくる。今年も8月1日に来て19日に戻っていった。その間、私と妻は大忙しである。特に私は遊びと宿題の相手をしたり、おもちゃや本を買ってやったりとスキンシップでのお付き合いである。ゆっくり新聞を読む暇もない。

 女児4歳、同6歳、男児9歳の3児は同い年のように遊んでいる。喧嘩をしても、お兄ちゃんだから譲ってやるという発想はない。最近の傾向のようだが欧米流に対等に育っている。3人とも昆虫が好きで動く物はムカデや蜂を除いて何でも捕る。セミ、トンボ、バッタからカエルやザリガニも好きである。上の子と下の子などは平気でカエルやトカゲをつかむ。私と違って蛇も恐くないらしい。

 感心なのは夜になったら、その日に捕った生き物は全部逃がしてやることだ。男の子は始めは悔しそうにしていたが、死んだら可哀想という娘や私の教えに従ってくれる。

 東吉野村の旅館に1泊して川遊びをしたときは、子供らは澄んだ冷たい川に浸かって魚を追いかけていた。空気も綺麗である。ところが、部屋は掃除が行き届いているとは言え、ススメバチが紛れ込んできたりすると、大騒ぎになる。生の自然と接することの少ない子供らには驚異のようである。都会派の娘などはお化け屋敷のようだとひどいことを言う。ディズニーランドや遊園地など人工の「快適な」施設での遊びに慣れている子ども達には、もっと自然と付き合ってほしいと思う。
 
 宿の女将さんは、沢山の子ども達のグループは、来ても川遊びをしないで離れたプールに言ってしまうと嘆いていた。20日から静かな時間が戻って、土日返上で溜まった仕事をやるという毎年のパターンも、終わったら寂しいものである。