健康診断での出来事

〔弁護士 北岡秀晃〕

   先日、妻と2人で健康診断に行きました。毎年、この時期に同じ病院で受けている健康診断です。残念ながら、パーフェクトな健康状態ではなく、アルコールのせいか肝機能が定常域を超えているなど、人それぞれの問題点があります。

 ところが、この日問診をしてくれた看護師は、去年の健診で問題点を指摘された点について医療機関の診察や精密検査を受けていないことを、比較的強い口調で指摘し、今度は必ず受けるよう求めました。精密検査等を受けていないのは私の責任であり、返す言葉もないのですが、あまり強く言われると、「自分の体じゃ、ほっといてくれ!」と言いたくなります。私の後に問診を受けた妻などは、この看護師から「夫婦揃って放置している」などと言われたそうです。

 もちろん看護師さんも善意で言っているのでしょうが、「放置」というのはあんまりです。ものには言い方があるでしょうに。大変嫌な気分になりました。健康診断の結果も悪くなるような気がします。

 ひるがえって考えると、弁護士という職業にあるものとしても、言葉使いや言い方には注意しなければなりません。やはり法律事務所は、来るときはともかく、帰るときには気持ちよく帰っていただけなければなりません。

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活かそう!守ろう!日本国憲法(1)-憲法96条改定は全面改憲の突破口

[弁護士 佐藤真理]

  自民党安倍内閣が再登場しました。6年前、強行採決を繰り返して、「改憲手続法」を成立させ、任期中に改憲国民投票を実施すると公言した人物です。昨年暮れの衆議院選挙での自民党「圧勝」を受けて、衆議院では、改憲派が7割以上を占めるに至り、夏の参議院選挙の結果次第では、憲法改正の国民投票が、2、3年内にも実施される現実的可能性が高まっていることを直視しなければなりません。
  昨年公表された自民党憲法改正草案(以下「草案」)は、現行憲法の「全面改定」をねらうものです。その問題点を数回にわたり解説します。

 安倍首相は、国会答弁で、衆参両院の3分の2の賛成で改憲案を発議するとしている憲法96条を改定すると繰り返しています。9条改憲という年来の主張はいったん切り離し、まず改憲の発議要件を衆参各2分の1の賛成に緩和しようというのです。この発議要件の緩和を許すと、「ねじれ国会」という例外的状況でない限り、国会で多数議席を持つ政府・与党は、国民投票で勝利する見込みがあれば、いつでも明文改憲を実現できるということにになります。

 では、国民投票において、改憲をストップできるのかというと、きわめて困難です。「改憲手続法」では、有権者数や投票総数の過半数ではなく、有効投票の過半数の賛成で改憲成立としており、最低投票率の定めもないため、有権者の1割ないし2割台の賛成だけで改憲が成立します。しかも、マスメディアを通じた有料意見広告が投票前2週間を除いて「野放し」なため、資金力のある改憲派大政党や財界・大企業が大量のテレビ・スポット広告を垂れ流し「金の力で憲法を変える」事態が予想されます。
 現憲法が改憲要件を厳しくしているのは、基本的人権の不可侵性に照らし、時の多数派(政府)によって人権を侵害するような改憲を許さないためです。 

 憲法96条の改憲を許せば、その後にいくらでも改憲ができるようになります。9条や人権規定などの改憲の突破口としての96条改憲を断固阻止しなしなければなりません。

カテゴリー: sato

感想  私の戦後史

[弁護士 吉田恒俊]

  大げさな表題で申し訳ありません。私は1942年生まれの70才です。まさに戦後焼け跡世代として、その後の経済復興やバブルの崩壊など「戦後史」の中を生きてきました。既に母、弟、父が順次なくなり、息子と娘は結婚して独立し、今は妻と2人暮らしです。

  2012年12月、息子健太郎が弁護士5年目にして堺筋本町で独立して、その事務所開きが2013年1月にありました。私も枯れ木も山の賑わいのつもりで祝賀訪問客にお礼を言いながら雑談しておりましたが、その時来ていただいた中に「格」という名前の若い弁護士がいました。そこから以前「かくさん」という名の総理大臣がいて、1976年にロッキード事件で逮捕されたという話をしたのですが、あまり話が通じないのです。その前の「60年安保大闘争」のことはもっと通じない。生まれる前のことだからよく知らないのは当然という感じでした。

 田中角栄氏も岸信介氏の60年安保も、私にとっては体験した事実で、現在進行形の事実なのですが、彼らにとっては教科書に書かれた歴史なのでした。世代の認識の断絶に愕然としました。確かに、30才の人でも1983年生まれですから、生まれる10年も20年も前のことになります。私の生まれる20年前は大正から昭和に代わった頃ですから、「歴史」となるのは無理のないことかも知れません。しかも日本史の中で現代史は学校でほとんど習わない。
 しかし、1945年の敗戦と新憲法の制定は我が国の新しい出発点であり、現代の政治・経済は以後の戦後史を土台にして動いているのです。日本の将来を展望するとき常にその「戦後史」に立ち返って考えざるを得ないという点では、70才の高齢者も20才の若者も変わりないと考えます。しかも、立ち返るべき戦後史は常に見直しの対象として流動しているのであって、その見直しの議論を同じ土俵で戦わせないのは淋しいことです。

 例えば、田中角栄氏については、「ロッキード社から5億円を受け取ったのかどうかという問題より、1972年の日中国交回復の実現など、彼のやろうとしていた日本の自主自立への志向こそ重要なものとして評価すべきではないでしょうか。」と言っても、日本列島改造論やロッキード事件を知らなければ話が進みません。また、岸信介氏については、「国民は60年安保条約の改定に反対して岸内閣打倒を叫んでデモをしたが、新条約は旧安保条約よりは不平等さが少なくなっており、10年間の期限も定められたこと、防衛問題だけでなく、経済を含むアメリカとの総合的な関係について冷静な議論が少なかったことなど、岸内閣の評価を考え直すべきでないか。」と言っても、60年安保大闘争のことが脳裏に浮かばなければ、話の腰を折られたような気がします。
 国民は金権体質の政治家に嫌悪感を持ちますが、それより日本をどういう方向に導こうとしているかの方が遙かに重要なことではないでしょうか。人は誰でも叩けばほこりが出るのであって、金や女やギャンブルは人間の本性と関わっているもので、政治家にだけ清廉潔白を求めるのは無理だと思うのです。田中角栄氏に対する評価の問題は、現実政治で小沢一郎氏をどう評価するかということと関わってきます。
 また、岸内閣への評価の問題は、10年間の固定期限が過ぎている今、日本がいつでも通告して安保条約を廃棄できるという事実をどうみるか(どう生かすか)、それは沖縄の普天間をはじめ米軍基地の撤去問題と関わってくることは明らかです。米国が世界戦略における沖縄基地を重視していることと、日本が沖縄の米軍基地をなくしたいこととは、対立するのは当然です。日本の国益から国民が冷静に判断すべきことで、安保条約を破棄してでも沖縄の基地をなくすべきだという意見が起こらないことをどう考えるべきか。国民は現実政治はそう単純ではないことを知っているのでしょう。しかし、破棄通告をしてでもやるという強い決意がない限り、日本から、沖縄から米軍基地はなくならないでしょう。「固定期限10年」という岸内閣の遺産をどう使うか、ひるがえって60年安保闘争でそのことを十分議論したのか、今こそ国民的議論が必要なのではないでしょうか。

 以上は私の独自の見解ではなく、例えば孫崎亮著「戦後史の正体」など参考にお勧めします。