ゴルフ始めました

[弁護士 冨島 淳]

 最近、ゴルフを始めてみました。司法修習生として研修を受けていた昨年にも少し練習をしたりしていましたが、最近定期的に練習にも行くようになり、先日はコースにも行ってきました。

 しかし、まったくイメージ通りにいきません。すぐに球が曲がってしまい、コースに出ればOBの嵐…典型的な初心者です。
 やはり練習量が少なすぎるのでしょう(月に1回程度)。何かを掴みかけたと思っても、次に行くときには完全に忘れてしまっています。

 ただ、イメージ通りに打つことができたときの気持ち良さは、やはり格別の物があります。ゴルフは長く続けられるスポーツですから、気長に続けていければと思います。

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タクシー運転手の味方です。

[弁護士 中谷祥子]

 先月、一足お先に夏休みをいただき、朝岡法律事務所の朝岡弁護士と共に、マレーシアのペナンに行ってきました。
 そこで出会ったタクシー運転手の方と、色々な話をしていたところ、職業を聞かれてしまい、嘘もつけずに「弁護士」であることを告げると、次はどんな事件が専門なのかを聞かれました。

 このどんな事件が専門か、という質問は、よく皆様から聞かれる事柄です。しかし、奈良の弁護士の多くが、ある分野に特化してそれだけの専門家として担当するというのではなく、いわば何でも屋としてどんな分野の事件でも担当しているのではないでしょうか。私も後者に属するかと思います。
 そのため二人してどう返答すべきか迷ってしまったのですが、日本のタクシー事情をマレーシアのタクシー運転手にお知らせしてみようと、朝岡弁護士と共同で受任しており、今年の冬のニュースでご報告した、帝産キャブ奈良労組事件の話をしてみました(詳細は冬のニュースをご参照ください。)。
 冬のニュースでご報告した時点では、二つの訴訟が係属中でしたが、今年3月に未払賃金請求訴訟について勝訴判決をいただくことができ、無事未払賃金を回収することができました。

 以上のような話を二人で四苦八苦しながら伝えてみると、マレーシアのタクシー運転手も、低廉な賃金で働いているようで、「君たちはタクシー運転手の味方なんだね!」と、いたく感激されました。
 誰かの「味方」と言われると、なんだか気恥ずかしい気持ちになりますが、依頼者の方に「私の味方だ」と思ってもらえるような仕事をしていけたらと思います。

活かそう!守ろう!日本国憲法 (3) -人権と自由の大幅な制限

[弁護士 佐藤真理]

<立憲主義の否定>
 憲法は、国民の人権保障のために権力を縛るものです(立憲主義)。憲法99条が、「天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は憲法の尊重擁護義務を負う」としているのは、その趣旨です。ところが、自民党草案は、国民に憲法尊重義務を負わせ、国民の権利・自由を制約しようとしています。

<公益・公の秩序による広範な人権制限>
 現行憲法にも「公共の福祉」による人権制約が規定されていますが、これは人権と人権の相互の衝突を調整するためのものです。たとえば、夜中に住宅街の路上で大騒ぎするのは、近隣住民の平穏な生活権を侵害することから一定の規制を受けることになります。ところが、自民党草案は、「公益及び公の秩序」による制約を提案しており、「国益や国の秩序」を根拠に人権を制限することができるようにしようというのです。明治憲法下の「法律の留保」(法律の範囲内での自由の保障)の復活となりかねません。
 とりわけ表現の自由については、わざわざ「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」と規定し、国民の「体制批判」の言論・政治活動の規制をねらっています。

< 社会権の切捨て>
 公務員の労働基本権を法律で制限できるようにし、また「財政の健全性」を謳い、これを口実とした社会保障費削減・生存権の切捨てに道を開こうとしています。

<異質な「家族」規定>
 自民党草案は、家族の尊重と相互扶助義務を憲法に盛り込もうとしています。憲法の「個人の尊重」を柱とする人権保障制度とは全く異質の規定の導入です。そのねらいは、一つは、戦前の「家」制度による国民生活統制の復活です。もう1つは、最近の生活保護バッシングに見られるように、国の生存権保障を後退させて家族に責任を押し付けることです。

カテゴリー: sato

伊勢神宮と靖国神社

〔弁護士 北岡秀晃〕

 先日、式年遷宮の年を迎えた伊勢神宮に行ってきました。萱葺きの屋根が風雨で傷んだ、それでいて大変趣のある社殿の横に、真新しい社殿が建てられており、10月の遷御(せんぎょ)を待っている感じです。伊勢神宮には広い森と多数の巨木があり、自然と共に神聖なものを感じることができます。第1回の式年遷宮は、持統天皇4年(690)にさかのぼるそうですし、鎮座以来1日も絶えることなく続けられてきた神事があることにも驚かされます。但し、若者を含めて大変な数の参拝者であり、内宮の正宮前の石段が大渋滞し、10分以上も待たされたことには閉口しました。それでも、清らかな心になった気がして、家族やみんなの幸せと平和な毎日をお祈りしました。

 今年3月に東京出張したおり、初めて靖国神社に行きました。こちらは当然ながらきわめて人工的で、神聖なものを感じることはできません。境内にある遊就館には、明治維新ころからの歴史が展示されていますが、英霊、軍神が中心です。かろうじて軍神や英霊となった兵士の家族の視点はありますが、徹底しているのは、戦争で犠牲になったり苦しみを受けたりした一般の民衆やアジアの人たちの視点が欠落していることでした。これは沖縄戦を展示したところでも同様であり、強烈な違和感を覚えました。
 戦争の悲惨さを伝えていくと共に、平和を祈る清らかな心になって、戦争の犠牲となった人々すべてを追悼するところが必要な気がします。

調停委員を経験して(同席調停について)

[弁護士 吉田恒俊]

調停委員30年
 私は今春、定年によって約30年間務めてきた調停委員を退任しました。そこでいつも思っていた同席調停についてお話しします。調停には主に家事調停と民事調停があり、前者は家裁で、後者は簡裁で担当しております。いずれの調停も、基本的に申立人と相手方を交互に調停室に呼んで、調停委員が話を聞く別席調停方式が採られています。これだと調停委員の方は楽ですが、当事者としては相手方の顔も見ないまま期日が終わり、不満が残ることがあります。調停委員から聞く話がそれまでの経過とあまりに違うので、相手側として本当に相手方はこんな主張をしているのかとの疑問が湧いてくることもあります。DVのように夫が暴力を振るうことが離婚理由となっているような場合でも、妻側が誇張して言っていることがあっても、直接違うと言えないもどかしさがあります。

同席調停の勧め
 別席調停への不満は、私が調停委員としてというより、当事者代理人として調停に臨んだ場合に常に思うことです。だから、私は調停委員として調停を行う場合はできるだけ両当事者に同席してもらうように心がけてきました。本来、当事者は自分の紛争ですから自分が解決すべきであって、調停はそれを手助けするに過ぎません。調停委員に任せておけば何とかなるというような甘えた気持ちでは、主体的な解決はできず、後で悔いが残ることになるでしょう。

若妻の浮気
 同席調停について、私の経験を一つ挙げておきます。それは、離婚事件で夫の代理人として、浮気をした新婚1年目くらいの若妻を相手方に申し立てたケースでした。妻は浮気がばれたと思ったら家を飛び出して、実家に戻り、妻の両親も娘をかばって話し合いに応じませんでした。浮気の証拠は携帯電話のメールでした(携帯電話で浮気が見つかることが多いですね。気を付けましょう。)。しかし、その携帯電話は妻が持ち出しているから、証拠がなく、妻は浮気を認めようとしませんでした。ところがこのケースでは、偶々、妻のケータイが夫名義だったので、夫は携帯会社が保存していた過去1ヶ月分の送受信メールの内容を取り寄せることができたので、浮気の証拠を突きつけることができました。

同席を拒否した若妻
 グーの根も言えなくなった妻は卑怯にも頑なに同席を拒否しました。裁判所も妻の意向だと言って同席を認めてくれませんでした。結局、妻は最後まで進んで釈明するとか、謝罪をするなど自ら問題を解決をしようとしませんでした。夫はお金が欲しいわけではなく、妻の浮気の理由が知りたいことと、一言でもお詫びの言葉がほしかったのですが、調停委員はその気持ちを酌んでくれませんでした。
 夫の申し立てたとおりに離婚は成立しましたが、これでは人間関係の回復は絶望であるばかりか、夫から宥恕を受けなかったその女性にとっても一生涯負い目をもって人生を送ることになるでしょう。
 調停委員には、妻側を説得して、離婚という事態を招いたことに対し、真摯に夫に対するお詫びの気持ちを直接表わすべく尽力してほしかったと思います。

妻の自殺(別件)
 以前に「調停時報」という機関誌に載った話しですが、未解放部落の女性が嫁ぎ先の両親から追い出されて、夫婦関係調整の調停を申し立てたケースがあります。妻は、夫を信頼しており、調停の場で直接夫と話がしたいと懇願しました。しかし、両親の意向を受けた男性の調停委員は夫が会いたがらないと言って妻の願いを拒否したのです。妻は、結婚の際、夫から駆け落ちをしてでも妻を守ると約束してくれたから、直接夫の本心を聞きたいと引きませんでした。結局最後まで夫に会わせて貰えないまま調停が打ち切られたため、妻は落胆して自殺してしまいました。この奥さんの心情を思うとせめて会わせてやればよかったと涙を禁じ得ません。

・アメリカのADR アメリカでは裁判所の主宰する日本のような調停制度はありませんが、民間のADR(裁判外紛争解決手続)が盛んに行われており、大抵同席で行われます。離婚事件も同様です。委員も1人ということが普通です。我が国でも、平成16年、「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(ADR基本法)」が成立しました。
 現状は、訴訟以外の紛争解決という点では、まだまだ裁判所の調停による解決が圧倒的に多いのですが、今後は当事者が主体となってADRを利用することが増えることでしょう。そこでは、大抵同席で話し合いが進められることになるに違いありません。