いじめ自殺の根絶を願って

[弁護士 佐藤真理]

1 経過の概要
 本年3月28日、橿原市立中学校一年女子生徒が、マンション7階から飛び降り自殺するという痛ましい事件が発生しました。
被害生徒は、家族には、学校での「いじめ」について全く話していなかったのですが、次第にいじめの事実が親の耳に入り、4月25日、遺族は、学校に対し、いじめに関する調査及び無記名アンケートの実施を依頼しましたが、学校の対応は遅く、生徒に対する無記名アンケートが実施されたのは、事件発生から50日後の5月17日でした。氏名等をマスキングの上、パソコン入力したアンケートの写しが遺族側に開示されたのは、アンケート実施から66日後の7月22日でした。
 5月24日以降、遺族は、第三者調査委員会の設置を再三要請し、大津市が同市中二いじめ自殺事件に関して設置したものと同様に、市長部局下に第三者調査委員会を設置し、調査委員の半数は遺族推薦者から選任するよう求めました。
 6月6日、記者会見において、橿原市教委の教育長は「アンケートにはいじめを疑わせる回答があった。」と述べながら、「自殺については、いじめが原因である可能性は低い」と言い放ちました。当時、学校や市教委は、自殺の背景に家庭問題があるとのうわさに飛びつき、「いじめ隠し」に躍起となっていたのです。
 6月24日、遺族ら代理人(3人、7月24日以降は5人)が、第三者調査委員会の設置とアンケート結果の開示を要求する申し入れ書を送付しました。
 7月3日、橿原市長、市教委は、市教委の判断で既に「調査委員会」を設置し、第1回会合を7月10日に行うと回答してきました。
 遺族側の抗議を無視して、同月10日に「調査委員会」の第1回会合の開催が強行されましたが、驚いたことに4人の調査委員の中に、6月末まで橿原市の顧問弁護士を5年間務めていたK弁護士が含まれていたのです。
遺族側と市、市教委、校長とは、厳しい交渉(書面中心)を重ね、7月24日 遺族ら代理人は、K弁護士宛に(懲戒請求辞さずの決意の下)内容証明郵便を送付して調査委員の辞任を要求したところ、7月29日、K弁護士は、調査委員を辞任し、「遺族の抗議によるものと受け止めて頂いて結構です。」と表明しました。
 顧問弁護士の委員選任は、「遺族の理解を得ることが困難」とする県教委の意向も無視して市長が独断したようで、文部科学大臣からも厳しく批判されました。
 市、市教委は、K弁護士に代わる弁護士委員の補充のために、日弁連に調査委員推薦の依頼書を送付しましたが、遺族側は、調査については「できる限り遺族と合意しておくことが重要」との文部科学省初等中等局長の2011年6月1日付け通知に反して、遺族の意向を全く無視して設置した調査委員会自体の解散を主張しました。その上で、県教委の仲介のもとに、公正・中立な第三者調査委員会の設置に向けて、遺族ら(代理人弁護士を含む)、橿原市長部局および市教委の三者協議会の開催を提唱しました。
 8月16日、遺族ら代理人が、「アンケートの集計結果」(※)および被害生徒母親の「手記」をマスコミに公表したことが転機になったと思われますが、県教委の仲介の下、市教委(教育長ら)、市長部局(総務部長ら)と遺族側の三者協議会が、8月26日に初めて開催されました。市教育長から、この間の経緯について、遺族側に陳謝がなされ、「自殺については、いじめが原因である可能性は低い」との6月6日の発言は、「不適切であった」として「撤回する」との表明がなされました。

※ 2、3年生を対象とするアンケートで、被害生徒の異変につき、自身が見たか、被害生徒から聞いたと答えた(直接の見聞)回答が58人からあり、内40人は学校内のできごとについて答え(クラス内で仲間はずれにされていた、クラブの先輩に暴力をふるわれていたとの回答が多数あり)、14人はLINEのタイムラインについて言及し、家庭環境に言及したのは4人であった。

 市教委と遺族代理人の数度の予備折衝を経て、9月17日の第2回三者協議会において、合意書の締結に至りました。

2 合意書の内容
 遺族側は、本件中学校生徒に係る重大事態に関する調査委員会設置条例の改正要求(市教委の付属機関から市長部局の付属機関に改めること、調査委員は4名から6名に増やすこと等6項目)を撤回して、妥協しました。市側の抵抗が強く、妥協しないと、調査委員会の設置がさらに大幅に遅れることを避けたいとの判断からです。
 合意書においては、①4名の調査委員の内2名は弁護士とし、既に市教委の推薦依頼に基づいて日弁連から推薦を受けた1名のほかに、市教委と遺族が共同で日弁連に推薦依頼状を送付して、推薦を受けること。②あとの2名の調査委員は、大学教授等の有識者で、いじめや学校問題等に関する専門家から選任することとし、市教委と遺族側が共同で「団体」(関西教育学会、日本生徒指導学会など5団体)に推薦依頼すること。③具体的な推薦依頼先は、県教委が、適切な専門家を早期に推薦してくれる団体を調査し、市教委および遺族らの同意を得て決定すること。④生徒及び保護者、教職員、遺族その他からの事情聴取等の調査活動の補助業務を担当する調査員については、遺族らが8名程度は必要としていることに留意して、調査員の人数、人選、具体的な調査補助業務の内容等は、調査委員会の裁量に委ね、調査委員会で協議して決定すること。⑤生徒等に対する事情聴取は、原則として、弁護士の調査委員・調査員と、弁護士でない調査委員・調査員が、ペアを組んで担当すること。⑥調査委員会の事務局(庶務)は、市総務部の職員が担当し、市教委職員は担当しないこと。⑦調査委員会の所掌事務は、条例に明記しているa重大事態の事実関係の把握に関すること、b重大事態の原因の調査及び分析に関すること、の二つに加え、aによって明らかになった事実に対して、本件中学校がどう対応したのか又は対応しなかったのかを明らかにし、本件中学校及び市教委の自殺後の対応が適切であったかを考察すること(c)、及びこれらによって明らかになった事実及び考察から、いじめ、自殺、自殺前後の本件中学校及び市教委の対応について、子どもが健やかに生きるための環境整備の視点も踏まえた再発防止に関する提言を行うこと(d)も含まれることを確認すること。⑧調査委員会に対し、所掌事務についての結論及びその結論を導く根拠となった資料並びにこれらの資料により結論を導くに至った判断過程を、報告書にできる限り詳細かつ明確に記載することを要請すること等が確認・合意されました。
 これに伴い、3人の調査委員の先生方は、同日付けで調査委員の職を解かれることになりました。

3 成果と今後の課題
 本事件の発生から3月後の6月28日に議員提案で「いじめ防止対策推進法」が成立しました。
本法は、いじめ問題を「いじめた子」と「いじめられた子」の二項対立の図式に単純化し、「いじめた子」に対する処罰と懲戒、あるいは規範意識と道徳の徹底をもって、いじめをなくすという視点で貫かれており、子どもの権利を尊重し、いじめが起こった原因にさかのぼって対応を検討するという視点が欠落しているなど、問題点が少なくありませんが、いじめ自殺や深刻ないじめの根絶を願う遺族らとしては、本法が(改正も視野に入れて)有効に機能していくことを望んでいることは間違いありません。
 衆参の付帯決議にもあるように、本法に基づいて設置されるいじめ防止等の対策を担う調査委員会(付属機関)に「専門的な知識及び経験を有する第三者等の参加を図り、公平性・中立性が確保されるよう努めること」が重要であり、また「本法の運用にあたっては、いじめの被害者に寄り添った対策が講ぜられるよう留意する」こと、「重大事態への対処に当たっては、保護者からの申し立てに適切かつ真摯に対応すること」が必要不可欠です。
本法は、9月28日に施行されましたが、本法11条が規定している「いじめ防止基本方針」の策定が施行日に間に合わないという異例の事態となっています。新聞報道によると、9月26日開催の第5回いじめ防止基本方針策定協議会でも、自治体、学校、教員の役割について国がどこまで踏み込むのか、いじめの調査メンバーをどうするのかなどで、議論が紛糾し、意見集約が10月以降にずれ込むことになったようです。
 調査委員会(付属機関)が第三者性、公平・中立性を有するものとして設置されることが必要不可欠であり、委員の選任手続きの透明性・可視化が図られなければなりません。被害者側の納得という視点から被害者側からの推薦候補者を委員に入れることも考慮されるべきです。
本法および基本方針等に規定や基準が定められていない中で、橿原市および橿原市教委が独走した調査委員会を解散させ、新たに、第三者性、中立・公正性が確保された調査委員会を設置させることができたのは、遺族と私たち弁護団の協力共同の取り組みによる大きな成果です。遺族に好意的なマスコミ報道も後押しとなったものと思われます。
 調査委員会の発足が、大幅に遅れたため、生徒に対する面接調査などに困難が予測されます(3年生は来春に高校受験を控えています)が、私たち弁護団は、調査委員会を信頼して、遺族の情報のすべてを適切に提供して、本件の真相を解明し、「学校におけるいじめを根絶したい。」「被害生徒のような悲劇は二度とおこしてほしくない。」との遺族の願いを、学校関係者や広く市民・国民と「共有」できることを目指して、引き続き奮闘する決意です。
弁護団には、当事務所から藤澤、中谷と私の3人が参加しています。

広告