解釈改憲は「壊憲」そのもの

[弁護士 佐藤真理]

 安倍内閣は、昨年暮れの臨時国会での「秘密保護法」の制定に続き、集団的自衛権の行使容認に踏み切ろうとしています。
 しかし、集団的自衛権の行使が「違憲」であることは、長年にわたり自民党政権でさえ取ってきた憲法解釈です。軍隊の保持を禁じた憲法9条のもとでも、自衛のための必要最小限度の実力の保有は許されるとして、自衛隊は「合憲」、但し、「専守防衛」、専ら外国からの攻撃に対する防衛力であり、海外派兵は許されないし、集団的自衛権の行使も許されないとしてきたのです。

 ところが、安倍内閣は、アメリカの目下の同盟者として「海外で戦争する国」造りを目指して、暴走しています。
 安倍首相は、国会審議において「(集団的自衛権行使は)政府が新しい解釈を明らかにすることによって可能」(2月5日)、「(政府答弁の)最高の責任者は私。その上で、選挙で国民の審判を受ける」(2月12日)などと強弁しています。
 一度や二度の選挙で勝利した政党の内閣や首相に憲法解釈を変更する権限は全くありません。そもそも、閣僚や国会議員には憲法を尊重し擁護する義務があります(憲法99条)。憲法は、国民の基本的人権を保障するために権力および権力者を縛るためにあるのです。これを「立憲主義」といいますが、安倍首相は憲法の根本原理である立憲主義を破壊しようとしているのです。

 阪田雅裕元内閣法制局長官は、「政府による憲法解釈の変更で集団的自衛権の行使が認められるならば、戦争放棄などを記した憲法9条の意味がなくなる。憲法改正は国民投票が必要だが、政府による憲法解釈の変更では国民の出番もない」「憲法だけ明文改正なしに解釈でやれるなら立法府もいらない、法律も解釈で運用すればいいことになり、立憲主義、法治主義の大原則に反する」と批判していますが、正鵠を射た指摘です。

 安倍首相は安全保障問題に関する有識者懇談会の報告を受けて、4月にも集団的自衛権行使容認の「閣議決定」を行おうとしています。引き続き、「国家安全保障基本法案」を提出して立法改憲をねらっています。
 万一、国家安全保障基本法の成立を許すようなことになれば、事実上、憲法9条は空文化され、「戦争する国」、国民の権利・自由を奪う「強権支配の国」、「歴史と固有の文化を持ち、天皇を戴く国家」(自民党憲法改正草案)への暴走=「歴史の逆行」を押しとどめることが著しく困難な事態をまねくことは必定です。
 この国の主権者=主人公である私たち一人一人の行動が必要でしょう。憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。」と謳っています。国民の不断の努力によって、「戦争する国造り」を許さないため行動することが今、求められていると思います。

 事務所からの案内にありますが、3月11日に、奈良弁護士会は半田滋氏(東京新聞論説委員)の講演会を県立文化会館で開催します。秘密保護法と集団的自衛権問題をわかりやすく語れるジャーナリストとしては第一人者です。是非ともご参加下さい。

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高見山の霧氷

[弁護士 北岡秀晃]
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 バレンタインの大雪が降った直後の日曜日、高見山の樹氷を見に行ってきました。
 高見山は、奈良県と三重県との県境、台高山脈の北端に位置する山で、標高は1248メートル。その形から近畿のマッターホルンとも呼ばれ、冬に霧氷が見ることができる山として知られています。

 この時期、近鉄榛原駅から高見山登山口まで奈良交通の臨時バス「霧氷バス」が運行しています。登山口から頂上まで、通常なら約2時間。この日は雪が多いばかりか、登山者もすこぶる多く、渋滞してマイペースで歩くことができません。頂上が近づくにつれて長蛇の列ができあがり、しばらく動かない状況になることには閉口しました。
 それでも天候には恵まれ、日が差すと、霧氷が輝きます。霧氷というのは、気温-5度以下の環境で風の弱いときに顕著に発達するそうですが、風は強く、風上側に向かって成長しています。「海老の尻尾」と言われるものです。寒くて、頂上付近は満員で人があふれる状況でしたが、霧氷は最高に美しいと思いました。
もうひとつ閉口したのはトイレ。寒いのでトイレに行きたくなりますが、もちろん山の上にトイレなどありません。やむをえず、そのへんでと思っても、長蛇の列が続いており、人の目がいっぱい。閉口しました。
 考えてみると、女性の方々はもっと大変ですよね。やはり女性には勝てません。

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天命を知る (上)

[ 弁護士吉田恒俊]

 表題は、ご存じ孔子の言葉であります。中学生の時に、「吾十有五にして学に志し、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順(したが)い、七十にして心の欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず」というのを習ったことがあり、多くの人が知っている有名な章句です。
 当時の教育は6才から始められていましたから、優秀だったと想像される孔子が勉学に自信を深め、15才の時に学問の道を一生の仕事にすると決意したのです。

 「天命」を「天から自己に与えられた使命である。」とすれば、人は誰でも天命を持っていると言えましょう。72才のもはや転向が聞かない私で言えば弁護士の仕事ということになりますが、少しでも早く天命を知った方が、ある意味有意義な人生を送れるに違いありません。孔子は15才で天命を知ったとも言えます。
 私事ですが、高校3年生の時に、理科系のクラスにいたのに、自分は文化系が向いているのではないかと悩んで、志望学部を文化系の法学部に変更しました。まだ、弁護士になるという自覚はありませんでしたが、振り返れば、この時が私の人生の分かれ目だったのです。ある意味では私なりのぼんやりした天命を知ったということになるかもしれません。

 それにしても、孔子様ほどえらい人が、50才という当時としては人生のたそがれになってから天命を知ったというのは、いささか遅すぎるとは思われませんか。私は前から天命を知ることは凡人にはできないことで、それができた孔子はえらい人だなあと常々思っていました。でもそうかなと思い始めました。
 そもそも、孔子が知った「天命」とは何だったんでしょうか。彼がこの言葉を70才を過ぎてから言ったことはその章句から間違いのないことです。70才を超えて、20年前の自分を振り返って、自分はあの時に天命を知った、と言っているのですから。
 孔子は73才で死んでいますが当時としては長生きだったでしょう。だから、今更天命に従って何かしようと思ってこの事を弟子に言ったのではない筈です。50才で孔子が知った自らの天命とは何か?その謎を解くには、彼の生涯を振り返らなければなりません。謎解きは次回に。

いじめをなくすために

[弁護士 冨島淳]

 いじめをなくすためには何をすればいいか。私たちが子どもの頃からずっと社会問題とされているものだと思います。
 近年を振り返ってみても、滋賀県大津市の中学校で凄惨ないじめが行われ、いじめられた生徒が自殺したことで、いじめ防止対策推進法が制定されるなど、いじめを防止する方策がなされました。

 しかし、それ以降もいじめによる自殺は後を絶ちません。単に法律を整備するだけでは根本的な解決にはならないことは明らかです。いじめを根絶するため、また1人でもいじめの被害者を少なくするためには、1人でも多くの人がいじめは絶対にしてはならないものであるということを理解し、社会全体が変わることが必要なのだろうと思います。

 そこで、奈良弁護士会では、今年度から、奈良市内の小学校5,6年生及び中学校1年生を対象として、「いじめ予防授業」と題して弁護士が各小中学校で出張授業を行うという取り組みを始めています。
 私も先日、とある中学校の1年生のクラスで、いじめ予防授業を行ってきました。そこでは、「なぜいじめをしてはならないのか?」「いじめがどのような結果をもたらすか?」「もしいじめが行われていたら、いじめをなくすためにできることはないか?」等について、具体例や私自身の経験も交えながら、話をしてきました。
 生徒の皆さんは真剣に授業に耳を傾けてくれましたし、私が発言を求めると積極的に発言もしてくれました。私自身も初めての授業で、どこまで伝えるべきことを伝えられたか不安ですが、この授業をきっかけに、生徒の皆さんがいじめについて考え、いじめをなくそうという気持ちになってくれればと思います。