天命を知る (上)

[ 弁護士吉田恒俊]

 表題は、ご存じ孔子の言葉であります。中学生の時に、「吾十有五にして学に志し、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順(したが)い、七十にして心の欲するところに従って矩(のり)を踰(こ)えず」というのを習ったことがあり、多くの人が知っている有名な章句です。
 当時の教育は6才から始められていましたから、優秀だったと想像される孔子が勉学に自信を深め、15才の時に学問の道を一生の仕事にすると決意したのです。

 「天命」を「天から自己に与えられた使命である。」とすれば、人は誰でも天命を持っていると言えましょう。72才のもはや転向が聞かない私で言えば弁護士の仕事ということになりますが、少しでも早く天命を知った方が、ある意味有意義な人生を送れるに違いありません。孔子は15才で天命を知ったとも言えます。
 私事ですが、高校3年生の時に、理科系のクラスにいたのに、自分は文化系が向いているのではないかと悩んで、志望学部を文化系の法学部に変更しました。まだ、弁護士になるという自覚はありませんでしたが、振り返れば、この時が私の人生の分かれ目だったのです。ある意味では私なりのぼんやりした天命を知ったということになるかもしれません。

 それにしても、孔子様ほどえらい人が、50才という当時としては人生のたそがれになってから天命を知ったというのは、いささか遅すぎるとは思われませんか。私は前から天命を知ることは凡人にはできないことで、それができた孔子はえらい人だなあと常々思っていました。でもそうかなと思い始めました。
 そもそも、孔子が知った「天命」とは何だったんでしょうか。彼がこの言葉を70才を過ぎてから言ったことはその章句から間違いのないことです。70才を超えて、20年前の自分を振り返って、自分はあの時に天命を知った、と言っているのですから。
 孔子は73才で死んでいますが当時としては長生きだったでしょう。だから、今更天命に従って何かしようと思ってこの事を弟子に言ったのではない筈です。50才で孔子が知った自らの天命とは何か?その謎を解くには、彼の生涯を振り返らなければなりません。謎解きは次回に。

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