散 歩 幻 想

[弁護士 吉田恒俊]

 散歩して無心になると発想が自由になって時に幻想が沸いてくる。チョウチョや小鳥が目の前を飛びながら迎えてくれると嬉しい。声を出して「お早う!」と言う。
 6月に入ってもまだウグイスが鳴いている。ところがうまく「ホーホケキョ」でなく、「ホーホケチョビ!」と鳴く。「ケ」の音が高くなく低くて、最後の「ビ」が尻上がりに高い。自宅でも散歩していても同じなので、同じ鳥だろうと思う。縄張りがあるから他のウグイスが入ってこられないのか、今年はまともなウグイスは聞けなかった。

 いつもきれいに花を飾って掃除の行き届いたお地蔵さんがある。旧村の人たちに長年大切に守られている。最近は一礼をして通ることとしている。その後ろに大きな桜の木が1本祠(ほこら)を守るように立っている。今は葉が生い茂っているが、4月は花が満開となってまことに美事であった。そこを通ると今も満開の桜に覆われた姿がよみがえる。古代から花と言えば桜、わずか2週間くらいの花のイメージを1年間抱きつづけて日本人は生活をしてきたのではなかろうか。今以上に毎日桜の木の下を歩いて通ったに違いない人々が、幸不幸・苦楽をともにしてきたのが桜であった。

 ところで、先日自宅ひさしの下に白い野良猫が寝そべっていてじっとこちらを見ているのに気付く。私は、「うちのカミさんは猫が嫌いだからよそに行って!」とお願いする。白猫は仕方がないという風に、むっくりと起き上ってゆっくりと立ち去っていった。ところが、今朝もまた庭を歩いてこちらに向かってくるではないか。また立ち去るようにお願いすると、しばらく考えていたがそのまま引き返していった。言葉は分かるようである。分かるならもう来ないでほしい。
 以上「幻想」という表題は看板に偽りあり、だったかもしれません。

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