危険の「匂い」

[弁護士 藤澤頼人]

 普段、生活をしていて、これは危ない、という「匂い」を感じるときがあります。たとえば、路地から大通りに出る際角に建物があって見通しが効かないとき、狭い道で向こうから大きな車がかなりの速度で向かってくるときなどです。
 これは、我々の個人的生活に限ったことではなく、社会や国が直面するかもしれない危険についても同じ事が言えます。

 日本の歴史でいえば、太平洋戦争前、日独伊の三国で結んでいた防共協定を強化しよう、さらには軍事同盟にしようという動きがありました。その際、これは米英と戦争になる、という危険の「匂い」を感じ取って強硬に反対した人々がいました。山本五十六氏がその中に含まれていた事は有名な話しです。
 この反対を押し切って三国同盟を結んだ結果は、皆さんご存じの通りです。

 太平洋戦争といえば、日米開戦の最後の決定的岐路になったのは昭和16年夏の南部仏印(仏領インドシナ)進駐でした。南部仏印進駐については歴史の授業で習ったかと思いますが、実は、南部仏印に進駐する前に北部仏印にも進駐していました。ところがその際は、米英と戦争になることもありませんでした。そのため、政策決定者達は南部に行っても大丈夫とタカをくくったようです。もちろん、この予測は間違っていたのですが、当時の日本側の人の中に、この南部仏印への進駐が日米戦争を招きかねないという危険の「匂い」を感じ取った人もいました。たとえば、当時の駐米大使であった野村吉三郎氏もそうであったようですし、陸軍の参謀本部の参謀の中にも、「これで戦争になるな」と言った人もいたようです。この人達は、政策決定者達と違って、危険の「匂い」を感じ取っていました。
 結局、その「匂い」を感じ取れない政策決定者達により南部仏印進駐は実行され、日米関係は破局にいたり、あの戦争に突入していくことになりました。

 翻って、昨日、安倍首相は、集団的自衛権行使容認の閣議決定に及びました。安倍首相は、日本はこれでより安全になったと思っているようですが、安倍首相の危険の「匂い」を感じ取る能力はいかがでしょうか。
 これについては、私は非常に懐疑的に見ています。といいますのは、安倍首相にはとんでもない「前歴」があるのです。

 福島での原発事故の前の2006年12月13日、吉井英勝衆議院議員は安倍内閣に対して、「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を提出し、「1 原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。」、「5 日本の原発の約六割はバックアップ電源が二系列ではないのか。仮に、フォルクスマルク原発1号事故と同じように、二系列で事故が発生すると、機器冷却系の電源が全く取れなくなるのではないか。」、「6 大規模地震によって原発が停止した場合、崩壊熱除去のために機器冷却系が働かなくてはならない。津波の引き波で水位が下がるけれども一応冷却水が得られる水位は確保できたとしても、地震で送電鉄塔の倒壊や折損事故で外部電源が得られない状態が生まれ、内部電源もフォルクスマルク原発のようにディーゼル発電機もバッテリーも働かなくなった時、機器冷却系は働かないことになる。この場合、原子炉はどういうことになっていくか。原子力安全委員会では、こうした場合の安全性について、日本の総ての原発一つ一つについて検討を行ってきているか。また原子力・安全保安院では、こうした問題について、一つ一つの原発についてどういう調査を行ってきているか。調査内容を示されたい。」、「7 停止した後の原発では崩壊熱を除去出来なかったら、核燃料棒は焼損(バーン・アウト)するのではないのか。その場合の原発事故がどのような規模の事故になるのかについて、どういう評価を行っているか。」との指摘を行いました。まるで福島の事故を予知したような質問です。

 これに対して、時の首相であった安倍首相は同年12月22日、次のように答弁しました。多少長くなりますが大事なところですので引用します。

 1について
 我が国の実用発電用原子炉に係る原子炉施設(以下「原子炉施設」という。)の外部電源系は、二回線以上の送電線により電力系統に接続された設計となっている。また、重要度の特に高い安全機能を有する構築物、系統及び機器がその機能を達成するために電源を必要とする場合においては、外部電源又は非常用所内電源のいずれからも電力の供給を受けられる設計となっているため、外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である。

5について
 我が国において運転中の五十五の原子炉施設のうち、非常用ディーゼル発電機を二台有するものは三十三であるが、我が国の原子炉施設においては、外部電源に接続される回線、非常用ディーゼル発電機及び蓄電池がそれぞれ複数設けられている。
 また、我が国の原子炉施設は、フォルスマルク発電所一号炉とは異なる設計となっていることなどから、同発電所一号炉の事案と同様の事態が発生するとは考えられない。

6について
 地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、原子炉の設置又は変更の許可の申請ごとに、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(平成二年八月三十日原子力安全委員会決定)等に基づき経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。

7について
 経済産業省としては、お尋ねの評価は行っておらず、原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。」
安倍首相に危険の匂いを感じ取る能力があれば、この質問に含まれた危険を感じ取れたでしょうし、きちんと対応をしていれば、福島の巨大事故は起こらなかったでしょう。

  結局、安倍首相が原発は安全とタカをくくったせいで、福島の、そして日本は現在進行形で筆舌に尽くしがたい苦難の歴史を歩んでいます。
  このような前歴を持つ安倍首相が「安全」と言ったところで、何の保障にもならないのではないでしょうか。

  本当の危険はもう目の前に迫ってきている、私にはその「匂い」が漂ってきているように思います。
 

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