菅原文太さんを惜しむ

〔弁護士 吉田恒俊〕

 菅原文太さんが逝きました。やくざ映画には無縁の私でしたが、この数年彼の農園経営の記事が週刊誌などで大きく報道されるたびに、強い共感を覚えていただけに誠に残念です。私が、自分と家族の健康を守るために狭い自宅の庭で畑作りを始めたのは弁護士になって10年ぐらいからでした。その後、近所に50坪くらいの畑を借りて本格的に無農薬・有機肥料栽培を始めました。現在は自宅の隣の約100坪を畑として、小さな耕耘機を使って年中何かを栽培しております。
 
2009年から農業を始めた文太さんは、農家としてはかなり新米だと思うのですが、私のように仕事の片手間ではなくて、山梨県で約2.7ヘクタールの耕作放棄地を利用して有機農業を始めたのですから、スケールが違います。2012年には俳優業を引退して、「このままでは日本がだめになる。」と鳥越俊太郎さんらに「いのちの党」の結成を呼びかけました。

 有機農業だけでなく、この5年間、膀胱癌という病気を抱えながら、反骨と反戦のために人生の最後を捧げられたことに深い共感を覚えます。沖縄知事選挙の最中11月1日には病気を押して翁長雄志氏の集会に駆けつけ力強く辺野古移設に反対する翁長さんを激励しました。当初、主催者は5000人くらいと思っていたのに、約3倍の14000人も集まったのは、文太さんの力もあったと思われます。そして、翁長さんが圧勝した12日後の11月28日に帰らぬ人となったのです。

 「オレはまっとうに生きてこなかったから、せめて最後くらいはまっとうでいたい。」と冗談を飛ばした菅原文太さんは、今回の総選挙とその結果をどう見ているでしょう。

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