表現の自由とテロ

〔弁護士 北岡秀晃〕

 2015年。事務所ニュースの巻頭言で、「輝かしい平和の道を歩む年」になることを願った年でしたが、フランスの新聞社に対する凄惨な銃撃テロが最初の大きなニュースとなりました。

 いかに風刺の内容がある宗教の信仰心を傷つけるものであったとしても、言論等の表現である限り、それ対する反論は言論によらなければなりません。暴力による反撃が許されないのは当然のことです。全世界の人々が表現の自由を守ることの重要性を意識し、報道機関等がこのようなテロ行為により表現を萎縮することのないよう、みんなで支えていく必要があると思われます。

 そういえば、昨年末には、サイバー攻撃やネット上にテロを予告するメッセージが掲載されるなどしたことを受け、ソニーピクチャーズが北朝鮮の金正恩第1書記の暗殺計画を描いたコメディー映画の公開中止にしたことがありました。この対応をオバマ大統領が批判したことを受け、ソニーピクチャーズは一転して中止を撤回し、公開に踏み切りました。結論的には歓迎すべきことですが、政府の批判を受けて態度を変えたとすれば、国家からの自由という点で問題は残ります。いずれにしても、表現行為に対するテロという問題は、今年も世界が抱える大きな課題となりそうです。

 日本人の多くは、年の初めに神社にお参りし、神様にいろいろなお願いをしたと思います。願いをきいてもらうために、善行を心がけようと思ったのは、私だけではないでしょう。そのような意識からすれば、「神は偉大なり」と言いつつ人助けなど善行こそをすべきであり、「神は偉大なり」と叫びながら自動小銃を乱射し、無抵抗の人たちを殺害するなど到底考えられません。多くのイスラム教徒も同じ思いでしょう。
 非寛容ではなく、自由と寛容こそが大切にされるべきです。

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