8・22市民集会・パレードに集まろう

〔弁護士 佐藤真理〕

 国会審議が進む中で、安保法制関連法案が「戦争法案である」との認識が広まり、どの世論調査でも、8割以上の国民が「政府の説明は不十分で、納得できない」、6割の国民が「今国会での成立には反対」との意思を示しています。

 本法案は、憲法違反であり、大多数の憲法学者が「違憲」と断定しています。なによりも、強制加入団体である全国52の弁護士会がこぞって廃案を求める運動に取り組んでいます。憲法の「恒久平和主義」を破壊し、「立憲主義」(国民の権利を守るために権力者の手を縛るのが憲法の役割であり、政府は憲法の枠内でしか権力を行使できない)を否定する内容であることが主な反対理由です。

 ところが、安倍首相が6月15日、「国民の理解は進んでいない」と言明しながら、同日、衆議院特別委員会で採決が強行されました。多数の国民の意思を踏みにじり、「数の力」で押し切るのは、民主主義ではありません。安倍内閣のやり方は、もはや国民主権を踏みにじる「独裁」的手法と批判せざるを得ません。強行採決後、学生や学者の共同行動が広がるなど、本法案への国民の反対世論は益々広がりつつあります。
               ※

 安倍首相側近の磯崎首相補佐官が、「考えないといけないのは、我が国を守るため必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と講演で発言しました。政府の集団的自衛権の行使容認は従来の憲法解釈の枠内であり、法的安定性を損なうものではないとの安倍内閣の説明が「虚偽」であり、「ごまかし」であることを露呈したのです。

 安倍首相自身の「国際情勢に目をつぶって、(国民を守る)責任を放棄して従来の(憲法)解釈に固執するのは、政治家としての責任の放棄だ」との発言、また中谷元防衛大臣の「現在の憲法をいかにこの法案に適用させていけば良いのかという議論を踏まえて、(本法案の)閣議決定をおこなった。」との発言など、安倍政権の閣僚や主要メンバーは、立憲主義や「法の支配」についての基本的理解を欠いているのです。
               ※

 8月15日、終戦から70年を迎えました。15年戦争で、2000万人のアジア諸国民の犠牲を生み、日本国民は310万人が犠牲となりました。

 日本国内で、ヒロシマ、ナガサキの原爆被害、東京・大阪など各地の大空襲、沖縄戦などで70万人が亡くなりました。

 アジア各地での日本軍人の戦没者は240万人に達していますが、その半数以上が餓死者だったのです(藤原彰『餓死した英霊たち』)。しかも、240万人の遺骨の内、収容できたのは、127万人に過ぎず、約113万人の遺骨がいまだに放置されたままなのです(「毎日」8月14日)。まだ戦後は、全く終わっていません。

 「自爆テロ」の先駆ともいえる戦争末期の「特攻作戦」で6000人近い若者が犠牲となりました。国のため、天皇のため、若者の命が「鴻毛(こうもう)」(鳥の羽)のように扱われたのが先の戦争だったのです。
               ※

 戦後70年は、改憲(日米支配層)と護憲・活憲(民衆)の「せめぎあい」の歴史です。

 今、安倍政権は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないように」との不戦の誓い(憲法前文)を忘れ、日本を、再び「戦争する国」、いつでも、どこでも、切れ目なく、米国とともに海外で戦争できる国に変えようとしています。

 今こそ、主権者が声を上げるときです。

 残暑が続きますが、8月22日(今週土曜日)午後3時に県庁南側の奈良公園にお集まり下さい。奈良弁護士会が初めて、大規模な屋外集会とパレードを行います。2500人規模という空前の集会です。是非とも、友人や家族連れで、またお一人でも、ご参加下さい。

 本法案を廃案に追い込めれば、安倍内閣を倒せるだけではありません。必ず日本が変わる大きな転機になると確信します。
 
 「徴兵制 いのちかけてもはばむべし 母、祖母、女(おみな)牢に満つるとも」
                              (八坂スミ)
(2015年8月18日記)

広告