父との別れと非戦の決意

[弁護士 佐藤真理]

昨年12月13日、大分市内のホームで暮らしていた父が94歳で死去した。
6年前、母を肺がんで亡くしており、ついに両親がいなくなった。

十数年前から、親と別れる日が来ることを自覚し、なるべく、多く大分に帰省するように努めてきた。母が死去後は、どんなに忙しくとも月に1度は、帰省し、夕食を父と共にし、いろいろな話をしてきた。やはり我が家の子ども達の話が中心であった。家に一泊して翌日午前中に再訪問し、「男はつらいよ」などのDVDを見たり、囲碁を楽しむなどして来た。大津に住む妹も月に一度は帰省して種々の世話をしていた。

「100歳まで生きる」と言っていたのに、残念至極だが、4人の子ども達がそろって第1志望大学に合格し、長男と次男は、既に研修医として働いており、おじいちゃんとしては大満足であったようだ。

しかし、親は存在するだけでありがたいとしみじみ思う。父のこと、母のことを時々思い出しては、もっともっと大事にしておけば良かったとの悔いの思いを禁じ得ない。

あの悲惨な戦争の時代を生き抜き、戦後の苦難の中、私と妹を大学まで育ててくれた両親への感謝の念は尽きない。

まもなく終戦から73年。二度と愚かな戦争への道を歩んではならない。非戦の平和憲法を守り、活かしていくために、自由、人権、平和と民主主義の前進のために、微力を尽くす決意を新たにしている。
(2018年7月17日)

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