梅小路蒸気機関車館へ

〔弁護士 北岡秀晃〕

2015.9.25 北岡 写真2

 京都駅の西、かつて梅小路の貨物ヤードがあったところは、梅小路公園となり、京都市水族館ができています。その西側に「梅小路蒸気機関車館」があります。

 梅小路蒸気機関車館は、1972年(昭和47年)に日本の鉄道100年を記念して開設されたそうです。扇形車庫と転車台があり、何台もの蒸気機関車が並んでいるさまは迫力があります。いつか行ってみようと思いながら、京都には良く行くのに、訪れる機会がありませんでした。

 しかし、この蒸気機関車館が、今年の8月30日でもって閉館すると聞き、8月の暑い時期でしたが、初めて行ってきました。8月には、閉館に向けて、蒸気機関車を車庫から約3メートル頭出して展示したり、転車台を作動させたり、ファンに向けたイベントが行われており、多くの機関車ファンが訪れて写真を撮っていました。

2015.9.25 北岡 写真1

 展示された説明をみて、非常に勉強になりました。蒸気機関車が動くためには、機関車に水と石炭を積み込み、火室で石炭を燃やしてボイラーの水を沸かします。そして蒸気の圧力が強まったところで、シリンダーでピストンを動かし、この力で動輪を動かします。動輪を動かすまで要する時間は4時間ともいわれ、運行が終わった後の灰の処理を含め、ものすごい手間ひまをかけて蒸気機関車は動いていたことがわかります。昔の人たちは本当にえらかったと改めて思います。

 「C62」とか「D51」とか。この「C」や「D」は動輪の数を示しており、「C」は動輪が3つ、「D」は動輪が4つあります。暑い日で人も多かったけれど、夢中になって楽しい時間を過ごすことができました。

 梅小路蒸気機関車館は閉館しましたが、平成28年春には「京都鉄道博物館」としてリニューアルされます。

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猛暑の中の高校野球観戦

〔弁護士 北岡秀晃〕

 奈良がこの夏初めて猛暑日となった7月26日(日)。母校の畝傍高校が、夏の高校野球奈良県大会の準決勝に進んだため、思い立って、佐藤薬品スタジアム(橿原球場)に応援に行ってきました。内野席はぎっしり満員で、日陰に入ることができず、炎天下の激しい直射日光を浴びながら、久しぶりの野球観戦を楽しみました。

 天理高校と対戦した試合は、残念ながら5対ゼロで完封負け。魔の3回に連打を許して一挙4点を上げられ、勝敗は決まりました。その後、畝傍高校の投手は天理打線をノーヒットに抑えたものの、打線が打てず、3塁を踏むこともできませんでした。

 選手の体格は随分違うし、打球の音も違いました。それでも、応援席の勢いと盛り上がりだけは畝髙が勝っていたと思います。ひたむきにプレーする選手、汗だくになって必死に応援する高校生たち。やっぱり良いな。うらやましいと思いつつ、心地よい時間を過ごすことができました。

 ちなみに、もう一つの準決勝、大和広陵対奈良高校は、11対3と大和広陵がリードして、9回裏の奈良高校の攻撃を迎えました。私は、次の畝高対天理の試合を見に来たので、「早く終われ」と思って見ていました。そうしたらどうでしょう、ストライクが入らず四球を連発、タイムリーも続き、あれよあれよという間に11対8まで追いつきました。もしかしたら追いつくのではと誰もが思ったとき、良い当たりがセカンドライナーとなり併殺、試合終了となりました。

 畝髙の場合もこんな試合が見たかったなあ。それにしても暑かった!

世界遺産と歴史認識

〔弁護士 北岡秀晃〕

 長崎県の「軍艦島」として知られる端島炭鉱が、官営八幡製鉄所や三池炭鉱などと共に「明治日本の産業革命遺産」として世界遺産に登録されるというニュースが流れました。非西洋国家に初めて産業化の波及が成功したことを示していること等に普遍的価値があるとして、イコモスが登録をユネスコに勧告したとのことです。

 このニュースが流れてまもなく、韓国政府が、「軍艦島」などは朝鮮半島から強制的に連行された人々が強制労働させられた歴史があるとして、「強制労働から目をそらし、産業革命施設を美化するものだ」と世界遺産登録に反対するという意思が表示されました。その後、中国も同様の立場を明らかにしています。また「歴史認識」かと、正直少々うんざりしてきます。

 これに対し、日本政府は、「(遺産の)対象とする年次は1850年代から1910年である。韓国が主張しているような朝鮮半島出身の旧民間人徴用工問題とは対象とする年代も歴史的な位置付け、背景も異なる。」などと反論しました。しかし、この反論も「?」であり、説得力が感じられません。

 そもそも世界歴史遺産などはピラミッドを例にあげても明らかなように、多くの人民が過酷な強制労働に従事させられて完成されたものがほとんどであり、それは負の歴史として把握しなければなりません。「軍艦島」も、仮に世界遺産に登録されるとすれば、またそうであればなおさら、強制労働がなされた負の歴史があったことをきちんと把握し、伝える必要があります。

 ただ、翻って考えると、登録された世界遺産は、2014年12月現在、世界で1007件もあります。日本だけでも18件が世界遺産に登録されています。そろそろ世界遺産に登録されるかどうかで大騒ぎするのは終わりにしてもよいのではないでしょうか。そして、世界遺産かどうかではなく、日本の歴史をもっと勉強し、負の遺産も含めて残すべきものを保存する取り組みを進めるべきだと思います。

新幹線と旅情

〔弁護士 北岡秀晃〕

2015.3.16 北岡 写真12015.3.16 北岡 写真2

 北陸新幹線が開業し、W7系という新型車両が走り出した3月14日、JRのダイヤ改正により、ブルートレインが約60年の歴史に幕を下ろすことになりました。3月14日、最後の寝台特急「北斗星」が、上野、札幌両駅に到着して、役目を終えました。大阪と札幌を結んだトワイライトエキスプレスも、同じ日に姿を消しました。

 思い起こせば、大学生の夏、友達と北海道ワイド周遊券をもって北海道を20日間旅したことがありました。ユースホステルを利用した貧乏旅で、当時のユースホステルは飲酒禁止でしたから、今では酒びたりの私には考えられない旅行です。若い頃は飲まなくても平気だったんですね。

 あのとき、大阪から乗った列車は日本海に沿って走る特急「白鳥」でした。もちろん国鉄(日本国有鉄道)の時代です。青函連絡船に乗り換え、北海道の地へ。その後、何度も北海道へ行くことがありましたが、飛行機を利用しなかったのはこのときだけです。朝大阪を出て、夜中に青森に着いて、連絡船に乗り換え。長かったけれど、車窓から見る風景、駅弁、車内で飲むビール(やっぱり飲んでました。)など味わいがありました。この特急「白鳥」も、既に2001年3月のダイヤ改正で姿を消したそうです。

 新しい新幹線がスタートし、スピードアップする一方で、昔乗った急行など夜行列車は姿を消し、北陸新幹線に併行する在来線は第3セクターに移行するといいます。地元の人たちの生活の足は、今後もきちんと確保されるのでしょうか。
 昔には戻れませんが、やはり「国鉄」が良かったなあ。

表現の自由とテロ

〔弁護士 北岡秀晃〕

 2015年。事務所ニュースの巻頭言で、「輝かしい平和の道を歩む年」になることを願った年でしたが、フランスの新聞社に対する凄惨な銃撃テロが最初の大きなニュースとなりました。

 いかに風刺の内容がある宗教の信仰心を傷つけるものであったとしても、言論等の表現である限り、それ対する反論は言論によらなければなりません。暴力による反撃が許されないのは当然のことです。全世界の人々が表現の自由を守ることの重要性を意識し、報道機関等がこのようなテロ行為により表現を萎縮することのないよう、みんなで支えていく必要があると思われます。

 そういえば、昨年末には、サイバー攻撃やネット上にテロを予告するメッセージが掲載されるなどしたことを受け、ソニーピクチャーズが北朝鮮の金正恩第1書記の暗殺計画を描いたコメディー映画の公開中止にしたことがありました。この対応をオバマ大統領が批判したことを受け、ソニーピクチャーズは一転して中止を撤回し、公開に踏み切りました。結論的には歓迎すべきことですが、政府の批判を受けて態度を変えたとすれば、国家からの自由という点で問題は残ります。いずれにしても、表現行為に対するテロという問題は、今年も世界が抱える大きな課題となりそうです。

 日本人の多くは、年の初めに神社にお参りし、神様にいろいろなお願いをしたと思います。願いをきいてもらうために、善行を心がけようと思ったのは、私だけではないでしょう。そのような意識からすれば、「神は偉大なり」と言いつつ人助けなど善行こそをすべきであり、「神は偉大なり」と叫びながら自動小銃を乱射し、無抵抗の人たちを殺害するなど到底考えられません。多くのイスラム教徒も同じ思いでしょう。
 非寛容ではなく、自由と寛容こそが大切にされるべきです。

長女の引っ越し

〔弁護士 北岡秀晃〕

 先日、神戸で一人暮らしする長女が引っ越しをするというので、妻と一緒に手伝いに行ってきました。長女の住む六甲は、私や妻が学生時代を過ごした街であり、長女が借りた賃貸マンションは、私が約30年前に暮らしていた下宿にほど近いところでした。私が住んでいた古い文化住宅は、阪神大震災で被災し、今は駐車場となっています。

 長女が一人暮らしを始めて4年あまり。以前から狭さを理由に引っ越しを考えていたようですが、忙しさもあり踏み切れなかったようです。それを後押ししたのは、神戸地方裁判所の執行官からの連絡でした。どうもマンションについて不動産競売の手続が開始になったらしく、執行官が現況調査のために、占有者である各部屋の賃借人に問い合わせをされたようです。長女は不安に思ったようですが、幸いにして父が弁護士ですので直ちに相談してきた次第です。

 このことがあって、本格的に転居先を探し、近くにより広く気に入った賃貸マンションが見つかり、引っ越しとなりました。ちなみに、賃貸マンションは競売になったとしても、買受人は賃貸マンションとして買い受けますので、所有者が変わったとしても賃貸人としての地位を引き継ぎます。従って、必ずしも転居する必要はありません。

 食べることの好きな長女は、料理することが大好きで、パーティーの料理を作ったり、会社の同僚から注文を受けてお弁当を作ったりすることもしばしばあるそうです。そのため調理器具や食材、料理の本が一杯で、よくこれだけのものを買いそろえたものと唖然とし、また感心しました。
 それぞれの人生を歩んでいくものなのですね。

うなぎとクジラ

〔弁護士 北岡秀晃〕

 久しぶりに、妻とうなぎを食べに行きました。日曜日のお昼の鰻屋さんは満員で、ひっきりなしにお客さんがやってきます。きっとみんな、うなぎが食べられなくなるかも知れないというニュースに触発されてやってきたのでしょう。ちょっと贅沢でしたが、おいしかったです。

 ニホンウナギは、2014年6月、国際自然保護連合(IUCN)により「絶滅する危険性が高い絶滅危惧種」に指定され、レッドリストに掲載されました。ニホンウナギの数が著しく減っていることは確かで、環境省のレッドリストでも、既に2013年2月に絶滅危惧へのカテゴリー変更がなされたといいます。2016年に南アフリカで開かれるワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)の締約国会議では、規制対象とされる可能性が高まっています。そうなれば国際取引が規制され、輸入には輸出国の許可証が必要となると言います。 台湾、中国や韓国等からの輸出が、密漁等によって捕獲したシラスウナギはともかく、すべて許可されないことは考えられませんので、輸入が完全にストップすることはなさそうですが、輸入量が減少することは避けられないようです。うなぎはさらに贅沢品になりそうですが、「たまにはうなぎが食べたいなあ」などと言いながら食べる喜びを感じ続けたいものです。

 他方、クジラには、幼いころの「鯨カツ」の思い出もあり、個人的にはさほど食べ続けたい思いが強いわけではありません。「調査捕鯨」の名の下に商業捕鯨並みの多数のクジラを捕獲する日本のやり方もいただけません。ただ、減少が顕著なうなぎと違って、クジラの生息数がどのようになっているのかを含め海洋生態系を調べるための調査捕鯨は科学的に重要だと言います。感情的なだけの反捕鯨国のやり方も到底支持することができません。科学的で冷静な議論を期待したいものです。