貴い命を奪うことなかれ

弁護士 佐 藤 真 理

先月中旬、長野県軽井沢町でスキーバスが崖下に転落した事故で、15人もの若者が死亡するという痛ましい事故が発生しました。
 規制緩和政策による運転手の過酷な労働環境が生んだ悲劇であり、規制緩和政策について、「人命尊重」の立場からの抜本的見直しが必要と痛感しています。

 奈良県を東西に走る「名阪国道」は、「1000日道路」とも言われ、70年の大阪万博に間に合わせるために、山を削って強引につくったため、急カーブ、急傾斜が多く、自動車専用道路にもかかわらず、最高速度は60キロと制限されるという、いわくつきの危険な道路です。長らく、全国の自動車専用道路10キロ当たりの死亡事故発生件数が「ワースト1」といわれ、幾多の悲惨な事故があり、現在でも毎年10件近くの死亡事故が発生しています。

 名阪国道を通るとき、私はいつも20年ほど前の悲しい事故を思い出します。深夜、20歳の青年の連転するトラックが乗用車に追突し、車が炎上して若い男女4人が亡くなりました。居眠り運転事故でしたが、弁護を担当した私は執行猶予を目指して努力しました。
 父親の急死のため青年が大学を休学し、運送会社に動め出して25日目の事故でした。13日間連続で働き、事故直前3日間の拘束時間は一日平均16時間38分に及び、睡眠は2時間27分という極度の睡眠不足状態でした。事故前日は午後9時半に帰宅し、わずか1時間50分後に居眠り状態となり暴走したのです。

 禁固2年の実刑判決となりましたが、私は今では実刑でよかったのかなと思い直しています。4人の命を奪ったという重荷を一生背負う青年にとって、刑に服したことは多少とも心の救いとなっているのではと思うからです。
 青年とお詫びに上がった時、「あなたはともかく生きているんだから・・・」と涙ぐまれたご遺族の姿を忘れることができません。
                                                                    (2月2日)

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戦争法廃止の2000万署名を成功させよう

〔弁護士 佐藤真理〕

 9月19日未明、政府・与党が、参議院本会議で、戦争法案の採決を強行し「成立」させてから2か月が過ぎました。

 4か月余の国会審議の中で、戦争法案の違憲性は誰の目にも明らかとなりました。「恒久平和主義」を破壊し、「立憲主義」(憲法の枠内で行政を進めなければならない原則)を踏みにじるという点が違憲性のポイントであり、弁護士会の反対運動の根拠となりました。審議が進むほど、法案反対の声が高まり、少なくとも慎重審議を尽くすべきで一国会で採決すべき法案ではないとの意見が世論の大勢を占めました。この世論と空前の反対運動(8月30日には12万人が国会を包囲、全国1000カ所で集会・デモ・宣伝行動)を無視して、強行採決を繰り返した安倍政権のやり方は、民主主義、国民主権に背く、「独裁政治」であり、事実上のクーデターというべきものです。

 政府・与党は国民は「やがて忘れる」と高をくくっているのでしょうが、政府と法案を追い詰めた、たたかいは継続しています。憲法違反の法律は無効であり(憲法98条1項)、私たちは、戦争法の発動を許さず、戦争法の廃止を目指して運動を継続発展させていきます。

 驚いたことに、安倍政権は平然と憲法違反の前科を積み重ねています。

 10月21日、野党5党と無所属の衆議院議員、参議院議員84名が臨時国会の召集を要求したのに対し、政府は、首相の外交日程などを理由にこれを拒み、来年1月開催の通常国会を少し早めに召集するなどと逃げ回っています。しかし、憲法53条は「いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。」と定めており、内閣による招集拒否が憲法違反であることは明白です。

 このような政府の態度は、憲法学者および世論の多数が違憲と判断した戦争法案を強行採決した憲法無視の姿勢と共通するものです。憲法の明文を公然と無視・否定するもので、立憲主義の危機を一層深めるものであり、断じて容認できません。

 昨日(11月25日)、最高裁判所は、「1票の格差」が最大2・13倍だった昨年12月の衆議院選挙は「違憲状態」であったとの判決を出しました。「違憲状態」との最高裁判決は、2009年衆議院選挙以来、3回連続のものです。そもそも、「違憲状態」の選挙で選出された国会議員に「違憲立法」を「成立」させる資格などはありません。

 「違憲」の上に「違憲」を重ねる安倍内閣の暴走にストップをかけられるのは、主権者国民の運動が第一です。安倍内閣を早期退陣に追い込むために、戦争法廃止の「2000万人署名」を5月3日の憲法記念日までに積み上げるという壮大な運動に取り組みましょう。

 戦争法廃止のために、成立した戦争法制の内容をさらに深く学ぶことが重要です。自由法曹団奈良支部は引き続き、学習会への講師派遣活動を継続しています。気楽にお申し込み下さい。
                               
11月26日
佐藤真理

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8・22市民集会・パレードに集まろう

〔弁護士 佐藤真理〕

 国会審議が進む中で、安保法制関連法案が「戦争法案である」との認識が広まり、どの世論調査でも、8割以上の国民が「政府の説明は不十分で、納得できない」、6割の国民が「今国会での成立には反対」との意思を示しています。

 本法案は、憲法違反であり、大多数の憲法学者が「違憲」と断定しています。なによりも、強制加入団体である全国52の弁護士会がこぞって廃案を求める運動に取り組んでいます。憲法の「恒久平和主義」を破壊し、「立憲主義」(国民の権利を守るために権力者の手を縛るのが憲法の役割であり、政府は憲法の枠内でしか権力を行使できない)を否定する内容であることが主な反対理由です。

 ところが、安倍首相が6月15日、「国民の理解は進んでいない」と言明しながら、同日、衆議院特別委員会で採決が強行されました。多数の国民の意思を踏みにじり、「数の力」で押し切るのは、民主主義ではありません。安倍内閣のやり方は、もはや国民主権を踏みにじる「独裁」的手法と批判せざるを得ません。強行採決後、学生や学者の共同行動が広がるなど、本法案への国民の反対世論は益々広がりつつあります。
               ※

 安倍首相側近の磯崎首相補佐官が、「考えないといけないのは、我が国を守るため必要な措置かどうかで、法的安定性は関係ない」と講演で発言しました。政府の集団的自衛権の行使容認は従来の憲法解釈の枠内であり、法的安定性を損なうものではないとの安倍内閣の説明が「虚偽」であり、「ごまかし」であることを露呈したのです。

 安倍首相自身の「国際情勢に目をつぶって、(国民を守る)責任を放棄して従来の(憲法)解釈に固執するのは、政治家としての責任の放棄だ」との発言、また中谷元防衛大臣の「現在の憲法をいかにこの法案に適用させていけば良いのかという議論を踏まえて、(本法案の)閣議決定をおこなった。」との発言など、安倍政権の閣僚や主要メンバーは、立憲主義や「法の支配」についての基本的理解を欠いているのです。
               ※

 8月15日、終戦から70年を迎えました。15年戦争で、2000万人のアジア諸国民の犠牲を生み、日本国民は310万人が犠牲となりました。

 日本国内で、ヒロシマ、ナガサキの原爆被害、東京・大阪など各地の大空襲、沖縄戦などで70万人が亡くなりました。

 アジア各地での日本軍人の戦没者は240万人に達していますが、その半数以上が餓死者だったのです(藤原彰『餓死した英霊たち』)。しかも、240万人の遺骨の内、収容できたのは、127万人に過ぎず、約113万人の遺骨がいまだに放置されたままなのです(「毎日」8月14日)。まだ戦後は、全く終わっていません。

 「自爆テロ」の先駆ともいえる戦争末期の「特攻作戦」で6000人近い若者が犠牲となりました。国のため、天皇のため、若者の命が「鴻毛(こうもう)」(鳥の羽)のように扱われたのが先の戦争だったのです。
               ※

 戦後70年は、改憲(日米支配層)と護憲・活憲(民衆)の「せめぎあい」の歴史です。

 今、安倍政権は、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないように」との不戦の誓い(憲法前文)を忘れ、日本を、再び「戦争する国」、いつでも、どこでも、切れ目なく、米国とともに海外で戦争できる国に変えようとしています。

 今こそ、主権者が声を上げるときです。

 残暑が続きますが、8月22日(今週土曜日)午後3時に県庁南側の奈良公園にお集まり下さい。奈良弁護士会が初めて、大規模な屋外集会とパレードを行います。2500人規模という空前の集会です。是非とも、友人や家族連れで、またお一人でも、ご参加下さい。

 本法案を廃案に追い込めれば、安倍内閣を倒せるだけではありません。必ず日本が変わる大きな転機になると確信します。
 
 「徴兵制 いのちかけてもはばむべし 母、祖母、女(おみな)牢に満つるとも」
                              (八坂スミ)
(2015年8月18日記)

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戦争立法阻止のために全力で闘う

〔弁護士 佐藤真理〕

 安倍内閣は、5月15日、安保法制関連法案を国会に提出しました。6月24日までの国会会期を大幅に延長して、本国会中に、可決成立させることを狙っています。

 私は、弁護士になった1979年以降、数々の悪法阻止運動に取り組んできましたが、本法案は、間違いなく、戦後最悪の戦争法案です。

 侵略戦争に対する痛苦の反省から、不戦を誓った恒久平和主義の憲法9条を破壊して、いつでも、どこでも、自衛隊派兵ができ、切れ目なく、米国の戦争を支援できる軍事大国を目指すものだからです。

 本日、戦争法案は衆議院本会議で審議入りします。明日、私は上京し、日弁連憲法対策本部の皆さんと一緒に、国会議員に対し、憲法違反の本法案に反対するよう申し入れる要請行動に参加します。

是非とも、本法案の危険な内容を知るための学習会を企画して下さい。講師派遣要請には、自由法曹団奈良支部の全員が交代で対応します。私も万難を排して、講師を務めます。

 街頭宣伝、デモ・パレード、議員要請等、あらゆる運動を展開し、必ず戦争立法を阻止しましょう。全力を挙げて奮闘することを誓います。
(2015年5月26日)

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政府のNHKではなく、視聴者・市民のNHKへ

〔弁護士 佐藤真理〕

「NHK問題を考える奈良の会」の発足
 「NHK問題を考える奈良の会」が発足し、請われて代表に就任しました。今月10日開催の発足の集いには、寒さの中、100名を超える参加者があり、元NHK大阪報道部記者だった小山帥人氏が「政府のNHKではなく、視聴者・市民のNHKへ」と題して記念講演をされました。

NHKの戦争協力と戦後の放送法体制
 NHKは1926年(昭和元年)に発足しましたが、1942年2月、情報局(内閣直属の情報機関)は「戦争下の国内放送の基本方針」を定め、「宣戦の大詔に基き皇国の理想を宣揚し国是を闡明(せんめい)する国民の挙国的決意を鞏固ならしむ」との基本方針のもと、「放送の全機能を挙げて大東亜戦争完遂を驀進(ばくしん)す」との目的のため、戦争遂行機関とされました。
 戦後、放送法体制のもと、番組編成基準として、「政治的に公平であること」、「報道は事実をまげないですること」、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの観点から論点を明らかにすること」などが謳われることになったのは、戦中の反省によるものです。

政府追随の籾井会長発言
ところが、昨年1月にNHK会長に就任した籾井勝人氏は、就任会見で「政府が右というものを左というわけにはいかない」と発言して、大変な批判を浴びましたが、最近でも、従軍慰安婦問題について「政府の正式なスタンスというのが見えないので、放送するのが妥当かどうかは慎重に考えないといけない」などと発言しています。政府や権力の監視機関というメディアの本質についての認識が全くなく、公共放送は政府の広報機関であるのが当然との認識に立つ籾井氏には、即刻辞任してもらうしかありません。 小山氏は、講演の中で、市民からNHKへのアクセスの強化(抗議・批判と激励)と会長公選制などの制度改革を求める運動の重要性を強調されました。

戦争法制と9条改憲を目指す安倍内閣の暴走
 安倍内閣は、昨年7月1日の閣議決定で、長年、憲法上許されないとしてきた集団的自衛権の行使容認に踏み切り、今通常国会で(6月24日までの会期を延長してでも)、同閣議決定を具体化する十数本の安保法制(軍事法制)を数の力で一気に可決成立させることを狙っています。万一、それを許すと、日本は、外国からの武力攻撃を受けていないにもかかわらず、アメリカの戦争に参戦し、日本の自衛隊員が他国兵士を「殺し、殺される」事態を招くことになります。非軍事・非暴力の憲法9条は死文化し、近い将来に、9条の明文改悪を実現しようとしているのです。

敗戦直後の朝日新聞社説「自らを罰するの弁」
 太平洋戦争中、戦果を報じる大本営発表は846回ありましたが、ラジオはこれを垂れ流し、新聞は大政翼賛会の発表のままに戦争賛美の論説を書き続けて、国民に多大の犠牲を強いる先導役を果たしました。日本のメディアと言論人の多くは、戦前・戦中に侵略戦争の片棒をかつぐ政府広報機関の役割を担わされたことに痛切な反省をしています。たとえば、朝日新聞は、1945年8月23日に、「自らを罰するの弁」を社説に掲げ、「言論機関の責任は極めて重い。『己れを罰する』の覚悟は十分に決めている。」と反省の弁を述べています。戦後のメディアと言論人は、2度と同じ過ちを犯さず、権力監視と民主主義の前進のために尽力することを誓って再出発したのです。

マスコミ各社幹部と安倍首相のたび重なる会食
 ところが、今のマスコミは、権力監視の役割を忘れ、政府の広報機関に堕しつつあるのではないでしょうか。特定秘密保護法の問題、集団的自衛権の問題など、広範な国民の反対運動の中でも、サンケイや読売は「推進」の論陣を張り、朝日と毎日は「反対」と二分化が鮮明です。
 ところが、その朝日、毎日を含め、マスコミ各社の社長、政治部長、編集部長ら幹部が、安倍首相と高級料理店での会食を重ねているのです。高級料亭で、2時間も3時間も接待を受け、何を話し合っているのでしょうか。

マスコミの活動監視のための粘り強い運動を
 マスコミを政府の広報機関から、主権者国民の権利擁護の機関に変えていくために、マスコミを監視していく運動を粘り強く、続けていくことが重要だと思います。安倍内閣の施策への提灯報道を批判し、抗議していく運動と共に、籾井会長が辞任しない限り、受信料の支払いを止める運動、首相とマスコミ幹部の会食を批判し続ける運動など多種多様な取り組みが大事です。同時に、すぐれた報道には、大いに評価し、激励していくことが重要で、報道関係者と市民との連携を追求していくことが必要と思います。

(2015年3月12日)

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慰安婦問題

〔弁護士佐藤真理〕

「河野談話」攻撃と「朝日」バッシング
 朝日新聞が、8月初め、「韓国済州島で慰安婦を強制連行した」とする「吉田証言」は虚偽だったとして「記事の取消」を公表したことを契機に、「『河野談話』における慰安婦が強制連行されたとの主張の根幹がくずれた。『河野談話』を取り消して、ぬれぎぬを晴らすべきだ」との「河野談話」攻撃と朝日新聞へのバッシングが吹き荒れています。

政府による調査と「河野談話」
 日本政府は、91年12月から慰安婦問題の調査を進め、93年8月、河野洋平内閣官房長官が調査結果を発表し、次のような談話(「河野談話」)を表明しました。
 「今時調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設置されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれにあたったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。・・本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、・・いわゆる従軍慰安婦として数多(あまた)の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。・・われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。」
 
「河野談話」否定派は歴史の偽造を企図している
 「河野談話」を否定しようとする人々の主張は、歴史を偽造するものです。
 第1に、「河野談話」は、吉田証言を調査対象に加えていたものの、信用性に欠けるとして、そもそも吉田証言を全く根拠にしていません。
 第2に、「河野談話」否定派は、慰安婦問題を「強制連行の有無」に矮小化しています。米国下院をはじめとする7つの国・地域の議会から日本政府に対する抗議や勧告の決議があげられていますが、問題にしているのは、強制連行の有無ではなく、軍(政府)による「慰安所」における強制使役=性奴隷制度こそが、きびしく批判されている問題の核心なのです。
 「河野談話」にあるように、「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあった」のであり、更に、人さらいのような「強制連行」もあったことは、インドネシアのスマランや中国南部の桂林での事件などでも明らかになっています。
 1991年以降、元慰安婦が日本政府を被告にして補償請求の訴訟を提起しました。8つの裁判で、35人の被害者全員が慰安婦とされた過程が「その意思に反していた」と強制性があったことが認定され、元慰安婦の人々の証言などにより、すさまじい人権侵害の実態が明らかにされたのです。

人種差別撤廃委員会の日本政府への勧告
 本年8月、国連の人種差別撤廃委員会は、日本政府に対して、慰安婦問題について、被害者への調査と謝罪を求めるとともに、ヘイトスピーチ(異なる人種等に対する差別をあおる憎悪表現)に毅然と対処し、法律で規制するよう勧告する最終見解を公表しました。

歴史の真実を直視しよう
 本屋で、中国や韓国を誹謗中傷する本が山積みされており、各地で、在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチが横行しています。このような排外主義の風潮には背筋が寒くなります。
 侵略戦争と植民地支配の歴史を直視して反省し、2度と戦争を行わないとの不戦の誓いのもとに、なによりもアジアの国々との平和と友好を築いていくことが、戦後日本の出発点だったはずです。
 15年戦争は、侵略戦争ではなく、アジア解放の正義の戦争だった、南京大虐殺も、従軍慰安婦も存在しなかった、などと歴史を偽造し、ナショナリズムを煽る、歴史修正主義は、再び戦争に向かう亡国の道ではないでしょうか。
  ドイツのヴァイツゼッカー元大統領の終戦40周年記念演説の1節を紹介します。
「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。だれもが過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされております。
・・問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし、過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」
                                            (2014年10月25日)

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戦争と両親のこと

[弁護士 佐藤真理]

母の死去から3年6か月余。ふっと母のことを思い出し、いいしれぬ寂しさを覚えることがある。
昨年12月に卒寿を迎え、九州大分で一人暮らしをしている父のことが心配でならない。つい2、3年前までは、毎朝、散歩を欠かさなかったのに、膝が急速に悪化し、外での散歩は無理となった。今年の2月頃、転んで肋骨を骨折し、2ヶ月間、コルセットを着用していた。これを機に、介護保険等級が上がり、ヘルパーさんの訪問回数が増えたのはありがたい。
膝、足以外は、ほとんど体に問題なく、公民館での囲碁に週2回通っている。外での散歩は無理だが、今も、毎日、杖をつきながら、廊下の散歩(3000歩)を続けている。この頑張りには敬服する。
妹と交代で帰省するが、その回数が少しずつ増えている。栄養価の高い食事を一緒にし、映画のDVDを持ち帰り、一緒に見ている。孫たちの成長が楽しみのようである。いつまで親孝行ができるだろうか。

まもなく終戦の日を迎えるが、母からは、1945年7月16日夜半から17日未明にかけての大分空襲で焼夷弾により家を焼失し、逃げまどったという話を何度か聞いた(当時、母は20歳だった)。遠い縁戚を頼って借家住まいをした家主の息子が父で、後年、結婚することになった。
大分空襲の頃、父は、兵役で仙台におり、米軍が上陸してきたら、戦車に爆弾を抱えて体当たりするための「たこつぼ」堀りをさせられていたという。終戦時に父は21歳だったが、特攻戦死者の内20歳以下の者が陸軍23・5%、海軍43%を占めていたといわれる。
多くの若者の命と未来を奪ったとんでもない時代であった。戦前を美化し、戦争する国を目指す安倍内閣を早期退陣に追い込むために頑張りたい。
(2014年8月11日)

カテゴリー: sato