秋祭り

[長畑 学]

田舎の祭りに帰って来ました。見物にというより、要員としてです。両親ともに亡くなり、実家には誰も住んでいないので、知らない顔をしていてもよいと思うのですが、「帰る、どうする」と電話がかかってきた上、家もそのままあり、お世話になることもあるし・・・。そんなこんなで田舎との縁を切れぬまま、部落務めの真似事をしに帰りました。

神社は、元々氏子が6つの小字からなる小さなものです。それでも私が子供の頃は、各字が輪番で(要員の)当番を務め、祭りの中心である獅子舞の奉納は、青年団が務めていました。加えてあまり記憶がないのですが土俵もあったように思います。

今は、超高齢化と超過疎化で小字単位で当番を行うなど到底無理。それで、氏子全員が神社の清掃から始まる準備・運営を行っています。獅子舞は保存会が結成され何とか継承されています。祭り囃子の太鼓を担当するのは、父と同級生の90歳を目前に控えた方。笛はラジカセ頼りです。

いつ、絶えてもおかしくないようなお祭りですが、今年は、ちょっと嬉しい場面がありました。これまで、長年、獅子頭を務めてきた方に代わって、その息子さんが後を継いだこと(81歳から53歳へのバトンタッチ)。また、保存会メンバー9人の内、3人は移住者で、1人は定年退職組ですが、後の2人は30代とのこと。1人は今年8月に移住してきたばかりだそうですが、立派に獅子の後ろ足を務めていました。

私自身、後何年お務めできるかわかりませんが、できる限りやろうか。そんな思いでいるこの頃です。

(追伸)
田舎が氏子の神社はもう一つあります。こちらは旧村全体をエリアとする神社で、上記神社の本社のようなものです。
こちらの祭礼は、「梶並神社」でネット検索してもらえば、ヒットします。ちょっと変わった祭りです。

2017年10月23日
長畑 学

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まさか

[田原 隆子]

数年前から 友人に貰い受けたメダカを飼っています
冬の間はじっと鉢の底に沈みこんでまったく姿をみせませんでしたが
春の陽気とともに水面に顔をのぞかせるようになりました

数日前から糸のように細くて小さい稚魚が泳ぎ始めました とてもかわいい
卵はたくさん産んでいるはずだけど 泳いでいるのはたった3匹だけ
がんばれよ 一所懸命食べて大きくなれよ などと話しかける
心安らぐひとときです

ところで 昔は小川で当たり前に泳いでいたのにその姿を消しました
農薬が原因とも言われていましたが 近ごろ様子が違うようです
報道によると 川へ捨てられた外来種の魚が繁殖し ふなや日本メダカがいなくなっているらしいです
恐ろしいカミツキガメもあちこちで繁殖しているとか

そういえば 近ごろ外資系の会社が台頭していますね
日本企業が外資系に食べつくされやしませんか
まさか

そして 安倍一強で やりたい放題がまかり通っている現状
株価の高値と就職率の高さが魅力らしいですが
目先の利益に目を奪われている間に 個人は国家権力に監視され 物言えぬまま戦争に巻き込まれる社会へと・・・
まさかではない

里山

[ 事務局 田原隆子]

大和郡山市矢田町に、里山を生かし古民家を移築した奈良県立大和民族公園があります。四季それぞれの花が楽しめますし、果樹もたくさん植えられており、高齢者の散歩や子供たちも自然に触れることができ、元気いっぱい遊びまわれるところです。

私もときどき散歩に行くのですが、あるとき畑や小高い丘の斜面が掘り起こされていました。よく見るとイノシシの足跡がついています。矢田丘陵の里山は、イノシシや猿の出没で、畑や田んぼを荒らされているのです。農家のおばぁちゃんは、何を植えても食べられてしまうから、もう辞めや、なんてこぼしています。

ずいぶん前に、当事務所の吉田弁護士が奈良の鹿愛護会を相手に鹿害訴訟を取り組んだことがありました。保護されて増えすぎた鹿が市民生活を脅かしていたのです。その後、野生の鹿も増え、イノシシも出没、農家の被害はより甚大になっていることと思います。

また、今年は害虫による菌の繁殖で「ナラ枯れ」が大発生しました。これは社会的要因も大きいそうですが、たくさんの木が枯れてしまいました。

里山の恵みは人間だけのものではありませんが、かつて住み分けがうまくいっていた時代があったのです。自然を守り、豊かに暮らせる地球環境を取り戻そうとする「さとやま組合」という農事組合法人が矢田地区で活動していることを最近知りました。里山の魅力を守り、自然豊かに美しく有り続けますように、私たちの小さな一歩が求められています。

年に2度楽しませてくれる桜

[番外編]
[事務局 長畑 学]

朝晩は肌寒ささえ感じる頃となり、木々も少し紅葉し始めました。
紅葉といえば、モミジやイチョウをすぐに思い浮かべます。
こうした派手さはありませんが、桜の紅葉もなかなか綺麗です。

ただモミジやイチョウと違って、1本の木全体や並木として見るのではなく、葉を手に取れるくらいの近さから一枚一枚見る方が綺麗だし楽しいと思います。
グラデーションがかかったような赤や黄、斑入りのような葉、虫に食べられた跡のあるもの、一枚一枚様子が違います。
落ち葉になっても、今落葉したばかりのようなみずみずしい(?)葉を手に取れば、思わず押花にしたいような気になります。

花の咲く時期のような華やかさはありませんが、紅葉も素敵で、桜は年に2度も私たちを楽しませてくれる、心憎い木です。
(2016/10/12)