私の好きな漫画

[弁護士 中谷祥子]

 突然ですが、私が最も好きな漫画は、「ガラスの仮面」です。
 国民的少女漫画(中谷調べ)であるこの漫画をご存知ない方がいらっしゃるのか(いや、いない。)。
 ・・・とは思いますが、念のため解説しておきます。

 ガラスの仮面は、平凡な女の子「北島マヤ」が、大女優「月影千草」に演劇の才能を見いだされ、演劇の道に進み、様々な困難にあうも、大都芸能の鬼社長「速水真澄」に紫の薔薇の人として影から支えられながら成長し、ライバルの芸能界のサラブレッド「姫川亜弓」と幻の名作「紅天女」を演じるために競い合う、という演劇漫画です(49巻分を一言で説明するのは難しいけれど、こんな感じでしょうか?)。

 少女漫画ですが、スポ根漫画要素を併せ持つので、どなたでも十分楽しめるのではないかと思います。
特に、平凡と思っていた「北島マヤ」が本当は天才で、天賦の才能を持っていると思われていた「姫川亜弓」が、本当は努力の人である、というところにこの漫画の面白さがあるように思います。
 やはり主人公を応援したい。一方で、努力すれば何でも叶う、というところを見たい。どちらにも紅天女になって欲しい。現在、ガラスの仮面は、何度目かの連載&新刊長期休止状態ですが、早く完結して欲しいような、どちらになるか決まってしまうのは嫌なような。(・・・ああでもやっぱりそろそろ終わって欲しいですよねぇ。)

 そうそう、この「紅天女」の舞台である「幻の梅の谷」、これは、奈良にあるとされています。
そして、マヤが「真夏の世の夢」を演じた野外劇場、マヤと真澄様が乗ったボート、マヤがバイトしていた茶屋があった場所は、「井の頭公園」だと思われるのですが、それは、吉祥寺にあります。
 吉祥寺は、私の実家の近くです。奈良は、当事務所のある場所です。大好きな漫画の所縁のある場所で、幼少期も現在も過ごすことができ、私はとても嬉しいです。マヤのように才能はないですし、亜弓さんのように血の滲むような努力ができているのか疑問ですが、マヤのように一心不乱に一つのことに取り組む姿勢や、亜弓さんのような気概は、持っていたいものです。
 全く語りたりませんが、今回はこの辺で。

つづく(かもしれない)
※ よくよく考えたら、ももクロ、ガラカメと、中谷のヲタク的側面を立て続けにご披露してしまいましたね。お見苦しい箇所がありましたらすみません。

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読書日記

[弁護士 山﨑靖子]

 大型連休も本当に終わりましたね。連休でしかできないことをした藤澤弁護士と違い、何となくだらだらと過ごしましたので特にブログネタはないので、最近読んだ本の紹介をします。

(その1)「親の家を片付ける」(ゆうゆう特別編集、主婦の友社発行)
 タイトル通り、親亡き後、あるいは生前に親の家を片付けた「子」の体験例を集めています。
 当然ながら、どれも大変。体力面でも気力の面でも。親を引き取るために片付けた人、親亡き後兄弟と、あるいは一人で片付けた人、夫の親の家を片付けた人、認知症の親の面倒を見ながら片付けた人・・・。片付ける「子」は50歳代~60歳代なので、体力は低下傾向、退職前で仕事もある、実家は遠方、となると、普通に引っ越す場合よりもはるかにしんどい。生まれ育った家なので思い出が押し寄せるとか、精神的なしんどさもある。
 さて、私も確実に、数年後には親(実親&義理親)の家を片付けないといけない立場になります。実父母・義父母、ほぼ全員が80歳代。倉庫や押し入れの中を考えるだけでしんどい。読んでいると我が身に置き換わってしまってしんどくなります。たた、家の片付けよりももっとしんどいのは親の片付け(=介護)ですが。

(その2)「子どもをひとり暮らしさせる親の本」(主婦の友社編、主婦の友社発行)
 長女が高校3年生で、順調に受験が終われば来年4月から一人暮らしになります。まだ早いと思いつつも買ってしまいました。
 アパート探しの方法とか、家財道具の購入方法、引っ越しの段取りとか色々具体的に書かれています。
 私も高校卒業と同時に実家を出ました。34年前のことですが、大学の入試制度が変わったことや、インターネットを利用するようになったことを除けば、それほど変わっていませんね。
 一番変わったことは、前は「出る立場」、今回は「出す立場」。前の時に親の気持ちを斟酌する余裕は全くなく、新生活のことだけを考えていましたが、逆になると心配で心配で…。
 心の準備をする意味で、ゆっくり読みました。

 2冊同時に読むと、「親」の立場と「子」の立場を両方考えることができます。「親離れ」も「子離れ」も大変ですね。

連休中にしかできないことをしてみました

[弁護士 藤澤頼人]

 この連休中に、連休中にしかできないことをしてみようと思い立ち、難波駅から学園前駅まで生駒山の暗峠経由で歩いてみました。
 かねてから、私は暗峠に行ってみたいと思っていました。といいますのは、暗峠に行くには奈良側からだと近鉄南生駒駅から、大阪側だと近鉄枚岡駅から、それぞれ国道308号線を登っていけばたどり着くのですが、この国道308号線は一般国道なのに自動車の通行が困難とされる、一部で「酷道」とも呼ばれる道なのです。なので、是非この目でどんなものか見てみたかったのです。
 それが難波から、となったのは、以前、難波駅の前(上?)にある東西方向の大通りを真っ直ぐ東にたどると国道308号線、つまり暗峠に通じていることに、地図を見ていて気が付いたのです。そこで、せっかくなので、難波から歩いてみることにしました。

 難波を朝8時ころ出発してからしばらくは、さすが大都市の道で、立派な歩道があります。上本町あたりは確かに登りと下りがあって台地になっていましたし、第2寝屋川は両岸ともコンクリートで固められているのに立派な鯉が泳いでいました。
 そのうち、道が2車線になり、歩道も、路側帯だけというところが出てきます。交通量が多く少し恐くもありましたが、かといって、道をそれる気もせずそのまま生駒山を目指して歩きます。
 花園に近づくと、その代名詞とも言えるラグビー場が見えてきます。中で試合をしているのかどうかわかりませんでしたが、隣の公園には、連休中ということもあって親子連れがたくさん遊びに来ていました。
 しばらく行くと、東大阪の河内警察署やイトーヨーカドーが見えてきて、生駒山が重量感をもって迫ってきました。いよいよ麓です。
 さらに進むと、ようやく国道308号線の表示が出てきました。生駒山に真っ直ぐ登って行くのが見えます。大体このあたりで午前11時半前になっていました。
 昼食のことがちらっと頭をよぎったのですが、山に登る前にご飯もないだろうと思ってコンビニで買ったポカリスエットを頼りに登っていくことにしました。
 枚岡駅近くの近鉄の線路を超えると、いよいよ国道が酷道になっていきます。車1台がぎりぎり通れる程度で、車が来ると歩行者は道の端によけなければなりません。傾斜もそれなりにきつく、確かに車の通行困難な峠道でした。

 ところで、この季節、山は緑に満ちてゆくのですが、ありがたくないお客さんの季節でもあります。山道なので、顔の前で毛虫ブランコがゆーらゆーらと揺れています。風もある日なので、ブランコの振幅も相当なもの。風のタイミングを読んで通り抜けないと毛虫が着地してきます。運悪く着地されてしまった方でしょうか、私の前後で何度か悲鳴が聞こえていました。
 かなり足が痛くなってきて、12時45分ころようやく暗峠に着きました。

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 峠の上には峠のお茶屋さん(兼土産物屋さん)があって缶のお茶を飲み、しばらく休憩。
 その後、奈良県側に降りていきます。奈良県側の道は、大阪側よりよほど整備されていて「酷道」ではありませんでした。
 その後、南生駒駅付近で酷道308号と別れ北上し、鳥見通りを経て学園前駅に。足の痛みがひどく、休憩を挟みながらゆっくり歩きましたので、学園前に着いたときには午後5時を過ぎていました。

 いろいろな発見もあり、毛虫ブランコ以外は楽しい小旅行でした。
 ただ、その後2日は筋肉痛と足の水ぶくれの痛みで、外出もままならず。やはり連休中にしかできないことでした。